【羽化の作法 36】拘留生活・その4 拘留されてから18日目に調書に応じる


●1996年9月5日(木)留置所内の揉め事

今日はとうとう食べ物がノドを通らなくなってしまった。半分くらい残して、力なく寝ころがる。

立ち上がるのも億劫だったし、立ち上がったらめまいがして目の前が暗くなった。ペシャンとしゃがみ込むと、目の前にはチカチカと金色の小さな星がいくつもいくつも漂っていた。

全身が痺れたように力が入らない。指先が震えるのだ。小さくブルブルと。まるで怯えきった時のように。

……中略……

たった今、廊下で揉め事が起こっている。話の内容からしても、落ち度は警察にあるようだ。組関係の人とお巡り。姿は見えない。

「テメー、なめた事言ってんじゃネーよ全国10万人の○○(組の名前)を敵に回す事になるんだぜ!! テメーらの家族の事なんて全部知ってんだよ、コノヤロー!」

部屋のあちこちから激励のヤジが飛ぶ。

「ソーダソーダ!」
「ピーッ(指笛の音)」
「かっこいーよー! お兄さん!!」
「うるせー!」
「やれやれ!」
「ビール3本!」
「オ○ンコしてー!」
こんな事が一日に一度は起こる。

今はだいぶ落ち着きを取り戻した。しかし明日はどうなるだろう。

あと4日で勾留の満期だ。うち、検事に行く日(押送)が1日あるので3日間をしのげばよい事になる。しかし本は読みつくした。

明日からどうやって時間を潰したらよいのだろう。とにかく今は、出ること以外に頭が回らない。そうだ、佐野元春の文を書いてみよう。空で覚えてるので。


●1996年9月6日(金)拘留されてから18日目、調書に応じる


午後2時過ぎに調べが入ったので、2〜4時のボールペン時間が調べで消えてしまった。今日の調べで僕は素直に調書に応じた。わりと本当の事を言ったつもりだ。


逮捕されてからずっと黙秘をしてきたのだけれど、拘留18日目に調書に応じる事にした。ホームレス排除の突起物に絵を描いた事には後悔してないが、留置所の生活が耐えられなかったのだ。

そしてもう一つの理由は、逮捕される時に僕を庇おうとしてバケツで水を巻いた段ボール村の住人がいて、公務執行妨害で逮捕されてしまっていたからだ。この事は捕まってしばらくしてから知った。

「調べ」が行われると刑事さんに「お前が黙秘してると、一緒に捕まったOさんの罪が重くなるんだぞ」と言われた。

最初は「そんな事あるかい」と思っていたのだけど、拘留中、留置者たちが廊下をゾロゾロと通り過ぎて行く列にOさんを見かけて、「まだOさん留置されてる!」と思い、自分のせいで捕まったばかりか、僕の黙秘でずっと留置されてしまったのか? 自責の念に苛まされていたからだった(実際にはOさんも黙秘していたようだった)。

「囚人のジレンマ」ゲームのようだった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9A%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9E



●第十留置室の変遷

〈8月19日〉

逮捕された初日 第十留置室は4人だった。

・ケンゾーさん(47歳)、山口組系暴力団員。過去に何回も逮捕歴あり
・ヒロちゃん(20歳)、極東極真のヤクザ。覚せい剤所持
・おとうさん(大正生まれ)、極東系で新宿の屋台の世話をしてる人
・武盾一郎(28歳)、器物損壊


ケンゾーさんはとにかくお喋りな人で、パクられて精神状態がパニクってる時にもあれこれ話しかけて来て、うっとおしいと思うことが何回もあった。

ヒロちゃんはヤクザの若い衆だけあって、暴力的でいつも大声を張り上げている。でも、根は結構シャイで純情だと感じた。

おとうさんと呼ばれてる大正生まれの人は、本当におじいちゃんという感じの優し気な人だ。

翌日20日の夜中、オーバーステイのマレーシア人(北京語と日本語を話す)新さん(35歳)が入って来る。

新さんは日本へ出稼ぎに来ているマレーシア人。麻薬や窃盗など悪い事は何一つせず、現場仕事を真面目にやって来た人だけあって、逮捕された事に相当なショックを受けていた。

9月には母国マレーシアに帰る予定だったので落ち込みもひときわだった。

「ワタシ、ナニモワルイコトシテナイヨ。死ンジャウヨ。」と、膝を抱えて落ち込んでいた。


第十留置室はしばらくの間この5人で暮らす事になる。



〈8月29日〉

痴漢の常習犯のサラリーマンが入所。おとうさんが「釈放」。



〈9月5日〉

ヒロちゃんが移管となる。移管とは拘置所に送られる事で罪が確定した人だ。留置所から出て行くのは「釈放」と「移管」の二種類ある。

夜中に新入り入る。覚せい剤所持。ヤクザさんではない。



〈9月6日〉

ケンゾーさん移管。痴漢サラリーマンは示談が決まったようで午後6時頃に釈放。夜中に傷害の新人が入る。

痴漢のサラリーマンは、痴漢をするためにわざわざ朝早く出勤して埼京線に乗っていたそうだが、あっさりと釈放されて少々びっくりした。親が示談にしたようだった。なんとなくだけど彼は痴漢をやめない気がした。



〈9月7日〉

早朝に大麻で捕まった新人が入る。この時点で5人。

・5日入所、覚せい剤所持のイトーさん
・6日の深夜に傷害で入った人
・7日の朝に大麻で入った若者(20歳)
・マレーシア人の新さん
・武盾一郎(28歳)、器物損壊僕

9月1日には故郷のマレーシアに帰る予定だった新さんがまだ留置されていて、母国の家族は相当心配しているだろうと思われる。

ほとんど罪のないオーバーステイと、器物損壊の微罪の僕が第十留置室に長く暮らしている状態になっていた。

5日に入った覚せい剤所持のイトーさんは、背も高くマッチョなお兄さんという感じ。喧嘩はすこぶる強そうだった。

6日の深夜に傷害で入って来た人は、鳶職のおっさん。相手は重症だそうで、ちょっとヤバそうな雰囲気を醸し出していた。

7日の朝に入って来た二十歳の若者は、新宿ロフトのライブで大麻をやって捕まったようだ。

結婚していて仕事もちゃんとしている人で、ライブ観て盛り上がって大麻をやるのは、どうやら「普通」の事だったらしい。仕事や家族のことを思い、「不安で仕方ないっす」と膝を抱えて泣いていた。

この日、覚せい剤所持で捕まった勾留三日目のイトーさんにこう言われた。

「なんかよお、武ちゃん、ここの暮らしを楽しんでるみたいじゃない?」


(つづく)


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