バンクシーのエソラゴト



バンクシーの絵か? 都が撤去 ゆりかもめ・日の出駅前


小池百合子氏もツイートしてます。



バンクシーの風刺対象である権力側の人が無邪気にはしゃいでるのも含めてバンクシーの作品だと言えるでしょう。

随分と前ですがバンクシーのグラフィティは都内にあるとはよく噂されてました。

東京藝術大学教授の毛利嘉孝さんもそのようにツイートしています。



今回のニュースでバンクシーの作品をツイートする人もいました。
現在はこのように塗り潰されています。



今回のバンクシーの件に対する毛利さんのツイートはトゥギャッターにまとめられています。

毛利 嘉孝氏の東京でみつかったバンクシー作品へ対してのコメント。

抜粋して引用します。

「今回湾岸の再開発地域を選んで、ネズミのステンシル作品を残したいうのはバンクシーらしい。仮に本人じゃなくても、バンクシーのことを知っている人か、テイストをよく理解した人が描いたのではないか。最終的には誰が描いたのかはステンシルという特性上、最終的に特定するのはむずかしいかも。」
https://twitter.com/mouri/status/1085846454336290816

「なんでねずみなんですか?と聞かれるが、ねずみはバンクシーにとっては重要なモチーフ。画集の文章を引用(今手元に英語版しかないので、そこから試訳)。「彼らは許可なしに存在している。彼らは嫌われ、捕獲され、迫害されている。彼らゴミの中で静かに死に物狂いで生きている(続く)」」
https://twitter.com/mouri/status/1085847642909814785

「ネズミ続き「それでも彼らは完全な文化的生活を自分たちの足元に運ぶことができるのだ。もしあなたが、汚く、不必要で、愛されていないとしたら、ねずみこそが究極のロールモデルだ」バンクシー、W&P p.84。」
https://twitter.com/mouri/status/1085848677531275264


ちなみに、毛利さんは著書「ストリートの思想」で、私たちの描いた段ボールハウス絵画『新宿の左目』を表紙に採用しています。
https://www.amazon.co.jp/dp/4140911395/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_zp9qCbQDYY0JV



それから、バンクシーにインタビューをしたことがあるというライターの鈴木沓子(とうこ)さんのコメントを乗せた新聞記事がこちらです。

あのネズミ、過去作そっくり バンクシー監督映画に登場

全文読めないかもなのでコメント部分を引用します。

「無許可のストリートアートの取り締まりや、防潮扉の保護のために撤去したならばいたしかたないと思う。ただ、作品の保護が目的だったのなら、ストリートアートは屋外で生きるものなので、撤去と保全が結びつくかどうか疑問だ」

「ネズミは普段は日の当たらない所にすみ、外に出れば人間に害獣扱いされる存在。異質なものを排除する社会の中に、見えなくされている存在が出てきて、秩序を混乱させるというメッセージが含まれているのでは」

「バンクシーだけ保護するのはおかしいという意見が出たり、今回の騒動が起こったりしたことも含め、本人は狙っているのではないか」

以上引用でした。



バンクシーはメッセージ性もさることながら、とにかく絵のフォルムが良いんですよね。どれをとっても気持ち良い形なんです。誰でもネットで目にしたことがあるのではないでしょうか。これがとても有名だと思うのですがカッコいいです。


ところでバンクシーの正体は一体誰なのでしょうか?
音楽ユニット「マッシヴ・アタック」のメンバーであるロバート・デル・ナジャが現在最も有力なようです。

Massive Attack - Mezzanine

かっこいい音楽を作れる人はカッコいいデザインも作れたりします。バンクシーは多分中心人物が1人だとしても複数人・チームで動いてるような感じします。割と計画的にやってるのではないでしょうか。

ストリート系アーティストとしてはフランスのJRとイギリスのバンクシーがツートップかなあと私は思っております。

ちなみにJRはこんな人。
https://sniffingeurope.com/2017/02/17/streetartist9/

【羽化の作法 76】現在編 2019年を振り返る

こんにちは。武盾一郎です。今年もよろしくお願いします!

新年最初のデジクリなので、今年の抱負を述べるテキストになるのですが、その際に現在を基点にするのではなく、年末に2019年を振り返った時にどういう状態でいたいかという未来を基点に考えてみました。


●13月世大使館について

今年はいよいよ工事中のギャラリー「13月世大使館」を完成させて、オープンさせる予定です。去年の1月にアトリエにしてた小屋部分を改装して、ギャラリーにしようと動き始めました。ガブリエルガブリエラのアカウントからも、そのことをアナウンスしました。



ところが工事が中断してしまいました。12月に地元業者のアイプロさんにお願いして、ようやく室内の大工工事が終わりました。



28日で年内工事終わりと思いきや、アンティークのドアノブがきちんと付かなくて、大晦日にドアノブを一旦取り外す工事になりました。



これからまたアイプロさんの工事が入ります。ドアノブと室内外の塗装と外装の改装工事を行います。

アイプロさんの工事が終わったら、自分たちの工事があります。まず、台所の食器棚などをすべて白く塗ります。そして居間と台所の床に、市松模様のタイルを貼ります。居間の照明も取り替えます。

それから、ギャラリーの窓のロールカーテン、棚のカーテン、ギャラリーと居間の仕切りのカーテンを取り付けます。そして、シャンデリアを取り付けて、アンティーク・ソファとアンティーク棚を配置し、エアコンを取り付けます。

これでようやくギャラリーの完成です。庭部分がまだですが、それはもうちょっと先になると思います。

当初予定していたヤマネに頼む工事は、彼のスケジュールがタイトだったのと、アイプロさんの工事も残っていたので、まとめてアイプロさんにお願いすることになりました。

今はまだ、この工事が完成することすら実感が湧かない状態ですが、今年こそ本当に完成させて、生まれ変わった空間をお披露目したいです。

2019年を振り返る時、

「13月世大使館、試験的に運営を始めましたがおかげさまで大盛況が続いております! これからもよろしくお願いします!」

という記事が書けるようにしたいです。


●線譜について

ところで、私は「線譜と名付けた音楽を描く線画」を制作してますが、そもそも「音楽」とはなんでしょうか?

普通は音楽と言うと「曲」のことをイメージしますよね。しかし私は、「耳に聞こえない音楽」も「曲として聞こえない音楽」もある、としています。「聞こえない音楽」とは私のアイデアはなくて古代ギリシアにあった考えです。

「古代ギリシャより、天体の運行が音を発し、宇宙全体が和声を奏でているという発想があり、これが『天球の音楽』と呼ばれた。その響きはきわめて大きいが、つねに鳴り続けているため人間の耳には気づかれないとされる。」
http://artscape.jp/artword/index.php/%E5%A4%A9%E7%90%83%E3%81%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD

「曲として聞こえない音楽」とは、自然音(アンビエント)やノイズですね。風の音や虫の声、または車の音などなど、自然・人工問わずそれらも音楽だと解釈しています。

つまり楽曲とは音楽の一部で、音楽=楽曲ではなくて、音楽>楽曲なのです。また「楽曲」は絵と違って何かを描写することはほとんどありません。例えば、薔薇の花とか近所の犬とか山とか、そういう目に見えるものを音楽で表現することはあんまりありません。

確かに「ドナウ川」や「隅田川」や「津軽海峡」といった曲はあるにはあります。しかし、基本的に音楽は絵のように現実の風景を「再現」する為のものではありません。

自分が描いてる絵は、目に見えるモノの「再現」ではないと常々思ってきたので、音楽の「再現の仕事はほぼない」ところに、自分の描く絵と音楽の共通性を感じていたのです。というか、最近になってようやくこのことに気が付いたのです。

だからなのか具象をあまり描いてなかったのですが、ここのところハッキリと具体的な「誰か」や「どこか」や「なにか」を描くようになってきました。

例えば、遠藤ミチロウさんであるとか


上尾の風景だとか


母の家に来る野良猫だとか


「私は絵ではなく音楽を描いてる」とか言っておいて、これこそストレートに絵だしスケッチではないか、と自分でもツッコミを入れるのですが、「音楽として風景を見てみる」とか、「音楽として猫を見てみる」とか、意外な面白さを感じているので、この方向を続けてみたいと思ってます。

そしてこの「地元上尾の風景」は、実は自分が本当に描きたいモチーフだったりします。しかし、私はずっとずっと昔から風景画が大嫌いでした。印象派が嫌いだったのは、主に風景画だったからです(今は印象派好きですが)。

よく市役所みたいなところに行くと、地元の人による地元の風景の油絵が飾ってあったりしませんか? ああいうのを観ると、心底、本当に、全身全霊をこめて「つまらない!」と思っていました。

芸術から最も遠い絵画は「風景画」だとさえ思ってました。それは真理だと信じていました。信仰と呼べるほどに強いものでした。

その自分に「地元の上尾の風景を描きたい!」という衝動が湧いてしまうのです。本当に自分とは困った生き物です。で、あっさり「風景画嫌い」を辞めたのでした。

ところが、カタチを描く場合、「構図を決めて、下書きをする」という段取りが必要になってきます。私はそれが苦手だったので、行き当たりばったりに即興で描いて完成させる方法をなんとか確立させてきました。増殖していって秩序に辿り着くイメージです。

例えば、線譜『無題』


そんな感じの「無形」的な描き方と、風景や具象の「有形」的な描き方は「即興」と「構築」のように対照的です。

音楽で例えると、構築された音楽とは楽曲のことです。その一部分に即興の小節を割り当てます。そんな曲はよくあります。なので線譜でも有形と無形をミックスするのは全然アリでしょう。構図と下書きという段取りがもっとスムースにできるようになれば良いだけです。

最初は楽曲とは違う音楽を描いてきたのですが、徐々に楽曲的な線譜も描けるようになってきたのがここ最近の流れです。

今後は、即興・ノイズとミックスした楽曲の線譜がメインになると思います。例えば、この線譜『ノイズの中のボク.』もカタチと即興が混ざってます。


『ノイズの中のボク.』のイメージは5分くらいのノイジーでメローなシューゲイザー、な感じです。

そして最近よくイメージするのが「ロックのような線譜」です。バロックではなくてロックです。ロックの魅力はいろいろありますが、最もインパクトあるのが誰もが「俺にも弾けそう!」と感じた、ということだと思うのです。

クラシックや雅楽が眠たくなるのは、身近ではないっていうのが最大の原因だと思いますが、自分の身体とは無関係だと感じてしまうのも大きいと思っています。

芸術のほとんどが通常の人間の身体性を逸脱した形式です。それはそれで人間の身体可能性を拡張してるし、そこに人間に超越性を感じたりできるのでとても意味深いことではありますが、それだけではきっかけが掴めなくてつまらなく感じてしまうこともあるように思います。

ロックには「無意識的に共感する身体性をもつ形式」があったのだと思います。ルールや手続きや文脈を知らなくても身体的に共鳴できる形式、それがロックの最大の発明だったのだと私は思ってまして、そういう形式を表現できるようになりたいと思ってます。

また、具体的なカタチというのもあります。音楽に例えるとフレーズになりますでしょうか。気持ち良いカタチを描きたいと言う欲望もすごくあります。

私の場合、そのカタチの中は「空(くう)」が良いです。意味とかメタファーとかをカタチに籠めたくないのです。ただ単に、スコーンと突き抜けるような「心地良いカタチ」を出したい。そんな欲望があります。そうすれば観る側が意味を自由に与えたりできますし。

「心地良いカタチ」と「描けそう! と感じさせるスタイル」、これがこれから線譜で描いていきたい方向性です。

かつては「引っかかるカタチ」と「こんなの描けない! と感じさせるスタイル」を指向していました。「ここに留まらせようとする力」と言ったらいいでしょうか。それに対して「心地良いカタチ」と「描けそう! と感じさせるスタイル」は「軽やかにかけぬけてゆく状態」なので、両方できれば表現の幅が広がります。

今年を振り返った時

「表現の自由度が格段に上がったので制作がうんと楽しくなった!」

と思えるようにしたいです。


●ネットの活用について

「13月世大使館」と「線譜」について書きました。3つ目は「ネット活用」についてです。

現在、ツイッターとフェイスブックのSNSとブログを使っています。
https://twitter.com/Take_J
https://www.facebook.com/take.junichiro
https://take-junichiro.blogspot.com/

また、「タイムバンク」(スマホのみのサービス)、「バリュー」といったプラットフォームに上場しています。それから、アーティストのためのサービス、「Casie/かしえ
や「mecelo/メセロ」にも登録しています。しかし、これらのネットのサービスをきちんと使いこなせていない歯がゆさがあります。

ツイッターは2007年4月と割と早くから使っていたのですが、かつてのツイッターとは世界線が変わってしまったので、扱い方を変えないとならない感じがしています。昔は本当にくだらない今を報告する楽しいツールでした。

とは言うものの、ツイッターはまだまだポテンシャルの高いツールだと思うので、有効なやり方はないかと試行錯誤しています。

フェイスブックは高齢者の憩いの場として、これからも変わらない感じはしますので、基本このままでいいと思ってます。ブログはもっと活用のしようがあるでしょう。積極的に発信していきたいです。

タイムバンクとバリューは、投機などの市場原理が分かってないとまったく活用できないプラットフォームです。悲しいかな、今のところまるで使い勝手が分かってない状態です。まずマネーゲームに面白みを見い出すマインドを持つ必要がありそうです。

どうも私は資本主義を悪とする信仰を持ってるみたいなのです。その信仰による呪縛によって貧困に陥って、こっぴどく苦しんで来ました。なのでこんな信仰さっさと手放したいのに、こびりついてなかなか取れないのです。

これは結構根深いワタクシ問題で、タイムバンクやバリューといった超資本主義「お金2.0」的なサービスのコンセプトやクオリティの問題ではないと思います。変わりたい。

アーティスト向けのプラットフォームである「かしえ」と「メセロ」ですが、本当に「これでもか!」と思うくらい、アーティストとアートを楽しむ人を結び付けようとしている良心的なサービスです。これもタイムバンクやバリューと同様に、新しく登場したプラットフォームなので何分実験的な要素もあるでしょう。可能性は未知数ですが、新たな収入源となって欲しいです。

ちなみに、かしえでは最近線譜のレンタルが決まりました。


これからですね。今年の年末に

「ネットでベーシックインカム分を確保できるようになりました!」

と報告できるようにしたいです。


以上です。本年もよろしくお願い申し上げます! あなたにとって素晴らしい一年となりますように!

【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/断酒できるかな?】

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装丁画を担当しています!『星野智幸コレクション・全四巻』(人文書院)

星野智幸コレクションI スクエア
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星野智幸コレクションII サークル
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星野智幸コレクションIII リンク
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星野智幸コレクションIV フロウ
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日刊デジタルクリエイターズ
羽化の作法[76]現在編 2019年を振り返る/武 盾一郎

2019年、今年もよろしくお願いします!

2019年元旦

正月三が日はヤマネに室内パテ埋めや窓枠と扉の塗装などの工事を頼んでいました。
しかし、アイプロさんの工事は終わらず、ドアノブ、外の照明、外壁の塗装などが残りました。それだったらアイプロさんに室内パテ埋めと室内外塗装と外装・屋根の工事をまとめて年明けに引き続きお願いしよう、ということになりました。

ということで、母の暮らす伊勢崎で新年を迎えることになりました。

大晦日、伊勢崎に向かう途中

今年の正月は本当に晴れ晴れとした気持ちでした。

この十余年、お正月に帰省できて伊勢崎に行き田舎の美しい山空を見ても、ずっと心に絶望が横たわっていて悲しみが渦巻き胸に痛みを抱えていました。
ここ5〜6年前頃から徐々にそういった悲しみが薄らいできていました。

そしてとうとう今年はその悲しみがありませんでした。

もちろん、「あと何年母とお正月を過ごせるのだろう」といったことを思い、伊勢崎の空が美しく青い切なさに感じることはありましたが、それは「この瞬間の幸福」というコインの裏側のようなものでした。


心の状態が全体的に変化してます。
それはきっと現実の反映だと思います。

確かに世の中良くないニュースはたくさんあります。
変えたい空気や仕組みもいっぱいあります。

うまくやれない人もいます。
そこに共鳴し過ぎて自分自身が絶望の底なし沼に落ちました。

誰かが悲しいなら同じ分量悲しむ。苦しむ人の同じだけ苦しむ。
そのように共振することが「寄り添う」ことだと思っていました。
それはそれでアリなのですが、もっと賢い方法は自分自身がしっかりして揺るがないようにして、困ってる人に手を差し伸べるのだと思うようになりました。


なので、絶望の沼から這い上がって自分の足で歩くことが必要でした。
それがちょっとずつできるようになってきたのです。


きっと年々良くなっているのでしょう。
これからも益々良くなっていくのでしょう。



ということで今年の抱負です。

2019年の抱負

1. 目的をしっかり定める(コンセプト)
2. 計画を立てる(イメージと下書き)
3. バグやフラッシュバック対策をする(脳マネジメント)

大枠としては上記のことを心掛けて行こうと思います。

もうちょっと具体的に書くと、

1. 13月世大使館を運営する(レギュラーな仕事にしていく)
2. 新作をたくさん作る(スタイルを獲得する)
3. ブログをもっと書く(ネット発信を積極的にやる)

です。

稼働してる時間をこれからちょっとずつでいいから長くして行きたい。



あと、作品で言えば、音楽と絵を変換する関数を明確化したい。
今までは「なんとなく」という「カン」でやってきました。
これからは体系的(理論的)な構築ができるようになっていきたいです。

あとは、神秘をいつでも感じているように心がける。

とはいうものの、最も大切なことは「明るく元気に!」だと思います。



とりあえずはこんな感じでしょうか。

今年もさらに飛躍の年となりそうです。
本年もよろしくお願いします!

2019年があなたにとって素晴らしい年になりますように!

13月世大使館、今年の工事は終わりました

12月28日

午前中に掃除が終わり大工さんの工事は終了しました!

メイン壁面

出入口の壁面

外壁

DIYした箇所

キッチンのタレ壁板を貼りました。



冷蔵庫の電源を変えました。
冷蔵庫の電源を水場横のタップから取っていたのですが、延長コードが床に横たわって邪魔だったのですが、これでスッキリしました。

冷蔵庫用のタップを作りました

冷蔵庫のタップに続く延長コードタップを洗濯機の脇に設置

嬉しいのは電源が一つ余ったので
洗濯機前(脱衣所)にクリップライトを設置できたことです


シャンデリアを吊るしたい位置に「よーと」を差し込むことが出来ないので、角材を取り付けました。

角材を買ってカットしてもらい、横からネジを打ち付けました。

階段の下、手すりの足が階段と重なるので階段の下の部分を削りました。

ほんのちょっとだけ削ります



トラブル発生! アンティークのドアノブが付かない!?

27日にドアが届いたのですが、こちらで購入したアンティークのドアノブがうまく付きませんでした。

やよさんが販売元に問い合わせたところ、取り付け方が違っていたことが分かり、アイプロさんにメールしました。

そして31日にドアノブをいったん取り外して直してもらうことになりました。

替わりに取っ手を付けてもらってます

なんだかんだで大晦日まで工事になりましたが、これでなんとかなると思います!
来年は続きの工事を行います。


13月世大使館工事(24〜27日)

12月24日

サッシを取り外して外壁の工事に入ります。

窓枠の建具が届きました

夜はベニヤ板で塞ぎます

12月26日

外壁と窓と扉の枠を作ります。

外側の枠と壁ができてきました

ステンドグラスが付きました!

12月27日

居間の棚の扉は森さんが作りました。

棚の段も作って頂きました
居間の棚の扉の蝶番

ドアは建具屋さんが作りました。

ドアが届きました
ドアの蝶番

出入口側の曲線棚も作って頂きました。

曲線の棚の板

メイン壁面の下の棚の扉も森さんに作って頂きました。

選んだ取っ手がピッタリ可愛くキマリました!

工具箱がちょうど入ります