13月世大使館工事(階段とたれ壁)

階段

9月29日から作り始めた階段が一応出来上がって仮設置出来ました。

階段の天板にビスを打ちました

階段の場所

仮設置しました!

左側にかわいい手すりがついてます!


天井からたれ壁

換気扇のダクトを隠すため、天井からのたれ壁を作ります。

天井にたれ壁を作ります

垂木でたれ壁の骨組みを作ります

今日の工事はここまで。
お疲れ様でした。

13月世大使館工事について

ギャラリーの階段を作ります

5月から中断してた13月世大使館工事。
9月に一回だけ工事したのですが、大工の藤巻さんが来てくれる目処が立たず、私がDIYで作っていくことになりました。
なのでデザインも大幅に変更せざるを得なくなります。

年内オープンも見込めなくなりました。
申し訳ございません。


途方に暮れましたが、できる範囲からコツコツやるしかないので、
メッセンジャーで藤巻さんとやり取りしつつ工事を進めております。


天板を作りました

なんとか完成までたどり着けるよう頑張ります!

ジャクソン・ポロックのエソラゴト

ジャクソン・ポロックで検索した画像より

なぜジャクソン・ポロックをタイトルにしたのかと言いますと、
私はどこか、

「ジャクソン・ポロックが44歳で死なず、ドリッピングを乗り越えた後に絵はどうなるのか?」

を実践しているような気がしてるからです。

つまり、
線譜は一つにポスト・ポロック的な要素もあるのです。

そんなこと言った事ないけど(笑)
あ、ありました(笑)

今年のピカレスクでの個展の解説で触れてます。
【羽化の作法 65】現在編 瞑想の続きと個展『0.03』

ジャクソン・ポロックは、「抽象表現主義」の代表的なアーティストと言われています。
「抽象表現主義」の特徴として以下のようなものがあります。(ウィキペディアより)

・画面に中心がなく、地と図の区別がない、「オールオーバー」(均一)な平面
・キャンバスは、作家の描画行為の痕跡(フィールド)であると考え、創作過程を重視する

「線譜」も天地がなく、行為の痕跡として線が剥き出しになっている状態を描いています。なので、自分も抽象表現主義のくくりに入るのかなあと思ったりしました。

(略)

ジャクソン・ポロックの「ノイズ・ミュージック」のような感じは、ペンキで描いてた頃からあって、今の線譜にまで引き継がれています。

私は線でテキトーに、わーっ!っと描いたり、ぐるぐるぐちゃぐちゃ描いたり、してきました。しかし、そのような描き方をするきっかけとしてポロックがいた訳ではありません。
なんとなく自然にペンキを投げ付けたりドリッピングしたりしてました。それは「衝動」の表現でした。

ペンキで絵を描いてた95年頃からボールペンで線画を描き始める2005年あたりまで、ポロックに関心はさほどなかったのですが、
2012年に近代美術館で開催された『生誕100年 ジャクソン・ポロック展』を観て、なんだかポロックに憑依されてしまった感じがしたのです。

ポロック展を観に行ったのがちょうどポロックが死んだ44歳だったと言うのもありました。
ポロックの初期の具象の油絵を観れば分かりますが正直凡庸な絵です。きっと本人もそれを感じてたと思います。

「このままでは何者にもなれない」

一攫千金、九回裏ツーアウト満塁ツーストライクスリーボールでサヨナラ逆転満塁ホームランを放ちたいと願ったに違いありません。

そして、ポロックはドリッピングで一躍スターになります。そうです「奇跡」を起こしたのです。
批評家とタッグを組んだ「戦略的な成功」と言う人もいるかも知れませんが、ポロックの野望から生じた偶然性の強い奇跡だっだと感じるのです。

その後は画風を変えようともがいてるような感じがあります。

そして、
プレッシャーからなのかアル中になってしまい、最後は酔っ払い運転で事故死してしまいます。

もし、批評家と企てたクールでロジカルな「戦略的」作戦なら、アル中になんかならずにドリッピングで安定したシリーズを重ねて行くと思うのです。

そこら辺も含めて、なぜか、「わかるなぁ」って思ってしまったのでした。
何しろピカソのように超絶上手だからこそ絵画が抽象化して行ったのではないですからね。

ポロックのアトリエ再現の展示会場をひとり歩きながら、

「あぁ、俺はポロックの<その後>を描いてるんだなぁ・・・」

って思ったのです。
そしてなんだか涙が溢れてきてしまったのです。

まぁ、自分の勝手な思い込みなんですけどね。


ポロック展のレビューをデジクリに書いてます。
武&山根の展覧会レビュー 追いつめられた飛び道具──【生誕100年 ジャクソン・ポロック展】を観て/武 盾一郎&山根康弘

このレビューは突然、ポロックとポロックの友人ヤスとの寸劇に入ります(笑)
そこで「ライラックを見て描く」話しを持ち出します。
Y :わかったわかった。そんなに怒んなって。ほら見てみ、ジャック。ライラックや。そこに生えてたぞ。面白い形してるやん。ちょっとこれ一緒にクロッキーしてみようぜ。飲みながらでええから。

ポ:ライラック? ほう、、美しい。。いい形だ、いい色だ! ...しかし俺は今、そんなことに関わっている暇はないんだ! 早く新しい藝術を完成させなくてはならないんだ! ほらヤス、見てくれ。お前は東洋の血も入ってるんだろ? これは凄いじゃないか!「書」というそうだ! 俺のやりたいことと近いと思うんだ!

Y :いや、それもいいねんけどな、そのためにもこの身近なものから、このなんでもない花から描いてみる、っていうのもありちゃうか? そんなに悪くない提案やと思うで、ジャック。

ポ:(ライラック、花言葉は友情。。なるほど。。)なぁ、ヤス、、お前の気持ちには感謝するよ。だけどな、俺は今、もっと新しいことに挑戦しているんだ。悪いがライラックなんてどこにでもあるじゃないか。どこにでもあるものじゃダメなんだよ!(ウイスキーをあおる)

これは、「もう一度、<見て描く>と言う基本に立ち戻ってみたら良かったのではないのか?」と言った印象をポロックに抱いてたから出てきたセリフだったと思うのです。

このレビューは案外深いですよ(笑)

以上、ジャクソン・ポロックのエソラゴトでした。

追記
ポロックの時代背景がこれでなんとなく分かります。
ポロックが「過大評価」されるようになったのはなぜなのか?



【羽化の作法 70】神戸「しんげんち」での活動 1

『しんげんち』
しんげんち展用にスピカアートギャラリー外壁に展示した絵
1.8×3.6m ホワイト防炎シートにペンキ 2005年

この絵は2005年スピカアートギャラリー(2011年閉店)で開催した「しんげんち展」でギャラリー外壁に展示した作品です。

この展示では、神戸での出来事をまとめた冊子『KOBE NOTE 1998.1.15-6.22』を展示しました。そこから引用して神戸でのことを綴って行こうと思います。

『KOBE NOTE 1998.1.15-6.22』
2005年

1997年。僕は東京大学駒場寮に潜伏し、そこで絵を描きながら、新宿西口地
下道に通って段ボールハウスに絵を描き続けていた。

そんな中、ジャーナリストのコリーヌ・ブレから電話があり、被災地に行っ
て制作をしてみないか、という話を持ちかけて来た。

コリーヌの会というのを結成して、神戸の事を話し合っていたらしい。そこ
で、武盾一郎、僕の名前が上がったのだった。その時のメンバーは、

コリーヌ・ブレ(ジャーナリスト)
豊田正義(ジャーナリスト)
西谷修(大学教授)
平井玄(音楽評論家)
辻仁成(作家)

そして、僕は神戸での制作を決意する。意味や意義は分からなかったが、と
にかくそこに暮らしながら制作をしてみることにした。

この KOBE NOTE 1998.1.15-6.22 はスケッチブックと日記である、神戸出発
の1998年1月15日から1998年6月21日「しんげんち祭り」翌日までの手記をま
とめたものである。

2004年11月 武盾一郎(KOBE NOTE より)


●1998年1月18日

阪神淡路大震災からちょうど三年。私は「しんげんち」での活動を始めました。

最初は市役所前でのライブペインティング。「しんげんち」の片隅に積んである単管とクランプを持ち出して、市役所まで運びます。現場に着くと私はステージ横に勝手に足場を組んで、コンパネを置けるようにしました。

ソウルフラワー・モノノケ・サミットの演奏が始まると、音楽に合わせてをコンパネにぶちまけて、ライブペインティングをしました。

単管とクランプは駒場寮でも劇などで使ったこともあって、好きな素材です。ラチェットを手に持つと、なんとなく得意げな気分になるのです。

この日のライブペインティングで描いた絵を、「しんげんち」で時間をかけて完成させて行くことにしました。

『KOBE NOTE 1998.1.15-6.22』(2005年)より

今日ライブペインティングをして右手の薬指にベニヤの一片がつきささった。
痛くてしかたなかったけど
神戸に来てたみんながよってたかって抜いてくれた。嬉しかった。
1998.1.17.モノノケとのLIVEペインティングを終えて

今日ライブペインティングをして、右手の薬指にベニヤの一片がつきささっ
た。痛くてしかたなかったけど、神戸に来てたみんながよってたかって抜い
てくれた。嬉しかった。

1998.1.17.モノノケとのLIVEペインティングを終えて(KOBE NOTE より)


緊急集会 神戸YMCA 2階にて

今、仮設が抱えている住宅問題はゆううつすぎる。そして土地・地区のすれ
違いがあることもとても悲しい。みんな一所懸命なのに、なかなかうまく行
ってないみたいだ。神戸新聞に真実はいっさい掲載されてなかった。

8時頃「しんげんち」に着く。腹ぺこだった。僕のげんこつの1.5倍はあるお
にぎりを3つペロリとたいらげ、スープは2杯のみこんだ。

僕は絵描きである前に人である。人である前に生きものである。
いや しかしそれは同時にかねそなえたものである。

僕はこの神戸での生活をどう過ごそうか、まったく始めから考え直すことを
感じる。(KOBE NOTE より)


『KOBE NOTE 1998.1.15-6.22』(2005年)より

ふと新宿の事が気になった。
僕は新宿に住んで絵を描くべきなのだろうか?
僕自身ホームレスと呼ばれなければ あそこに絵が描けないのだろうか?
あそこに住まうことはそもそも可能だろうか?

東大駒場寮に比べれば、自治の完成度は神戸の方が圧倒的に高い。ハタチそ
こそこの子供たちによる、屁理屈の政治ごっことは訳が違う。

駒場両委員会の人たちを仮設か公園に住まわせて「暮らし」と「理論」の大
きな隔たりを感じて欲しいと思った。(KOBE NOTE より)

●1998年1月21日

 
けれど神戸は楽しかった。ティンゲリーの作品のようなゆかいなオブジェが
 あったり、絵本館があったり、港を眺めるロマンチックな風景があったした。

 テント村から神戸駅前へ。僕はこの強烈なコントラストに少しくらくらした。

 「神戸」というイメージ通りの神戸だ。新宿のコントラストもすごいが、神
 戸の方がおしゃれである。

 震災などなかったようにモザイク通りを歩く恋人たち。僕だって恋人とここ
 を歩きたい。僕はわざわざ深刻ぶりたくなかった。楽しい所は楽しくてよい。

 僕はなぜここに来てるのだろう? これはずっと僕につきまとう謎だ。
 真実を求めてさすらう旅人なのか?

 僕も役に立ちたい。僕のつくったものが何かを変えられたら。誰かを励ませ
 られたら、誰かを笑わせられたなら、誰かにショックを与えられたなら、誰
 かを目覚めさせられたなら、僕は嬉しい。絵がもっと全てを支えられたなら。
 (KOBE NOTE より)

●1998年1月23日

『KOBE NOTE 1998.1.15-6.22』(2005年)より

「しんげんち」には子どもも住んでいました。名前はみえちゃん。村長の娘さんである。当時小学二年生くらいだったと思う。

村長の田中さんは靴工場の工場長さんでした。震災で家も工場も失ったけれど、行政は何もしてくれなかったので公園にコンテナを置いて、テント村を立ち上げて「しんげんち」という交流の場を作ったのでした。

みえちゃんとの遊び相手が、「しんげんち」での私の主な仕事でした。みえちゃんは時折とても悲しげな表情を見せます。震災後三年経ち、公園から学校に通っている彼女。心の中にはなにかいろいろ渦巻いている感じがしました。

それから、「しんげんち」では毎週日曜日に「お昼の炊き出し」を行っていました。近所の仮設住宅に暮らす人たちが何十人と食べにきます。仮設住宅にも行けずに、公園に暮らす田中さんたちが、支援活動の拠点「しんげんち」を作っているのです。

三浦君という、たまたま「しんげんち」に流れてきた青年がテント村に暮らすようになり、ボランティアをしていました。三浦君は炊き出しに来た人たち全員に声をかけ、ひとりひとりの状況を丹念に聞いていました。

「しんげんち」は行政やリッチな人たちの行う、目立つ支援から取りこぼさている人たちを支援していました。

「ひとりも取りこぼさない」と、村長の田中さんは言っていました。それは途方に暮れるような理想論のように聞こえてしまいそうですが、お偉い為政者のきれいな言葉と違って、ここでは本当にそういう支援をしようとしていたのでした。(つづく)


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【羽化の作法 69】1998年「しんげんち」へ

『お月さまが落っこちてきた夜』
351×244mm  鉛筆 色鉛筆 ボールペン 紙 1999年
この絵は地震の阪神淡路大震災から3年経っても公園に現存していたテント村「しんげんち」で描きました。私はしばらくの間「しんげんち」のコンテナハウスに暮らしながら制作をしました。「お月様が落っこちてきた夜」とは地震のことを指しています。

この絵は『お月さまが落っこちてきた夜』というタイトルで、1999年神戸市須磨区下中島公園にある非公認避難所「しんげんち」で描いた作品です。

『お月さまが落っこちてきた夜』とは、阪神淡路大震災のことをさしています。


「しんげんち」は、街中にある普通の公園内にコンテナハウスが10棟ほど立ち並ぶ集落で、1995年の阪神淡路大震災で被災して仮設住宅にすら入れなかった人たちが、いわば「スクワット(不法占拠)」して作ったテント村です。

神戸市須磨区下中島公園「しんげんち」1998年
1998年〜2001年、阪神淡路大震災のテント村に暮らして制作します。

私はこのテント村「しんげんち」に、1998年1月17日から滞在することになりました。自主的な動機はなかった、といっていいでしょう。

コリーヌ・ブレに「(まだ被災者がいて復興できていない)神戸に行って何かをするといい」と強く推されて、行く決断をしたのでした。自分を褒めてくれたのがただ嬉しくて、彼女の言う通りにしたのです。

お金のことも、アーティスト活動としての見通しも、予定も、何もありませんでした。

ただ、ポンと見知らぬ場所に放り出されて、そこからサバイバルゲームを始めるような感じでした。

ではこの「しんげんち」とはどんな村だったのでしょう。

このテント村は長田町の被災者がメインのコミュニティでした。長田町とは靴工場などが密集してたところらしく、地震と火事で壊滅的な被害を受けた地域だったようです。

私はここら辺の地域の歴史にはほとんど無知だったのですが、どうも震災で最も被害がひどかった場所が、在日コリアンと被差別部落の人たちの暮らす地域で、その人たちがどういうわけかまるで支援の手が差し伸べられておらず、挙げ句、自主的に公園を占拠して助け合っている拠点が、この「しんげんち」だったのです。

復興の差異に差別が働いてたのかどうかは分かりませんが、見てはいけない日本の歴史の闇に、覆い被さった蓋のようなものがあるような感じもしました。

なんならその場所に暮らしながら、岡本太郎よろしく「芸術は爆発だ!」と陽気にアートの花を咲かせてやろうじゃないか! と意気込むしかありませんでした。自分なりの正義感もあったと思います。

「もし差別があったならばそんなもの吹き飛ばしてやる」と。「芸術で革命を起こすのさ!」と。なんのあてもないけどそう思ったのです。と言うか、そう思い込むしかありませんでした。

「走り出したら何か答えが出るだろうなんて俺もあてにはしてないさ 男だったら流れ弾のひとつやふたつ
胸にいつでもささってる」

そんな歌詞(SHOGUN「男達のメロディー」)を心の励みにして、神戸の滞在に挑みました。

足掛け3年にわたり、私は神戸で何かを形にしようと試行錯誤しました。

「しんげんち」ではコンテナハウスの隙間を野外アトリエにしていました。


結果を先に言うと、私はこの神戸での体験で7〜8年にわたり、うつ状態に苦しむことになりました。自殺寸前まで追い込まれました。

要するにアーティストとして何も成すことなく、「芸術で爆発する」ことはおろか、何の意味も役にも立たず、最終的には追い出されて、身も心もボロボロになって、一文無しで上尾の団地に倒れるように帰ってきたのです。

2018年に福島市に設置された、現代アーティストのヤノベケンジさんの作品『サン・チャイルド』が地元の人たちの意見によって撤去されるニュースがありましたが、私から言わせたらそんなことは大成功の類いです。
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20180829-301929.php


毎朝、「無能な自分は死ぬべき人間だ」という文言で目覚め、ふと我に帰ると「死にたい」と思うのでした。毎日毎日、「自分は生きていても意味はない」「死んだほうがいい」「死ぬべきだ」「死にたい」という言葉が、私の意識を襲うのでした。

回復の兆しが見えたのは2009年でした。

ある朝、お腹のあたりが光るような奇妙な感触を覚えて、目覚めたのでした。そしてその日の朝は、「死んだほうがいい」という言葉が聴こえて来なかったのです。

このお腹に光を宿すような体験をした日をさかいに、徐々に「自分は死ぬべきだ」という言葉が発生しなくなって行ったのです。

ただ体調が最も悪くなるはそのあとの2011年で、とうとう怖くて電車にも乗れなくなってしまうのでした。それは夏至が過ぎた後に、最高気温が来るような感じでした。

そんな、人生どん底まで落ちるきっかけが、神戸での滞在制作だったことは事実でしょう。

そしてまた、この神戸での体験がきっかけとなって私は「ファンタジー」を描くことになるのです。絶望の淵から「ファンタジー」が芽生えてきたのはとても不思議でした。

私の自分自身が、自分の作品の主人公でした。ライブペインティングなどのパフォーマンスを多くやったのは、自分の身体も丸ごと作品の内側に入れるからでした。

「新宿西口地下道ダンボールハウス絵画」では、新宿の街が丸ごと絵画だったし、「東京大学駒場寮」では、駒場寮が丸ごと私の絵画だったのです。

なので実際に私が描いてる画面の絵は、作品のほんの一部でしかなかったのです。つまり、私の絵は不完全なカケラでしかなく、最初はそれがすごく面白かったのです。

ところが、神戸をきっかけにして、私は体験を作品内に封入して完結させて、自分から独立させたいと思うようになって行ったのでした。

体験を籠めるならエッセーのようなスナップのような写実ではなく、また批評でもなく、「ファンタジー」だ、と強く思うようになって行ったのです。

ファンタジーに行くきっかけになったのが、コンテナハウスに滞在している時に見た夢でした。


岡本太郎とゾンネンシュターンの絵が混ざったような世界に、私は立っていました。赤い有機的な曲線の巨大な何かが漂っています。

すると「縄文と現在を結ぶのはファンタジー」という意味合いのことが、言語ではなくて直接テレパシーを受けたように、何か啓示でも授かったような感じで響いてきたのです。

そして私はすごくそれを「理解した! 合点した!」と言う感触を味わったのでした。

そこで私は目覚めました。ナゾナゾを解いた時のような快感が、残り香のようにまだ胸に火照っていました。

「これってどう言う意味だろう?」
「ひょっとして神話をちゃんと読めってことかな?」

私はそう解釈したのでした。それから私は、日本神話に初めて興味を抱くことになるのでした。

私はコンテナハウスに暮し始める初日の1月17日、市役所前での被災者たちの抗議集会のイベントで、ライブペインティングをしました。自分にできることは内側から寄り添って描くことだけでした。

それから、集会所となっている「しんげんち」のコンテナハウスに数か月かけてペインティングし、パネルに絵を描き続けました。

そして6月に行われる「しんげんち祭り」のスタッフとして、祭りを盛り上げるためにあちこちに駆け回るのでした。

「しんげんち」ペインティング
テント村の集会所になっていた2つのコンテナを組み合わせた建物を丸ごとペインティング
1998年 武盾一郎と鷹野依登久のコラボレーション

「しんげんち」滞在中、コンパネ二枚に描かれた絵
素材はペンキ
A-Musik『生きてるうちに見られなかった夢を』のイメージに使われています
http://am.jungle-jp.com/

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