【羽化の作法 89】現在編 まつむらまきおさんがデジクリ降板してしまった

●まつむらまきおさんがデジクリ降板!

まつむらまきおさんが、デジクリを降板してしまった。

いつだったか詳しくは思い出せないのですが、「インターネット」が普及し始めた頃、「ピピーッ、ガガガガーッ」という音が鳴ってネットに繋がってた時代です。私は「マッキントッシュ」を持ってる友達の家でいろいろな「ホームページ」を見ながら「正直なんかつまんないなー」って思っていました。

当時はまだ画面で見る「かわら版」のような感じで、インタラクティブもリアルタイム性もあまりなかったのです。それでもなんとなく、インターネットの登場は「革命」であることだけは直感していました。それは誰でも「発信者」になれる革命でした。

今では誰でも複数アカウントを持ち、息を吐くように自分の想いをSNSなどにアップできますが、20世紀まではパブリックに発信するのって結構大変なことだったのです。

家にISDNを引いて「ホームページ」を作ろうと、いろんなサイトのソースコードを眺めながらHTMLを覚えました。そう言えばもう「ソースを表示」なんて、ブラウザのどこにあるのかさえ分かりません。

そんな時に偶然見つけたのが、まつむらまきおさんが主催してる「バカフラ」と言うサイトでした。「バカフラ」とはマクロメディア社の「フラッシュ」というソフトを使って、おバカな作品を投稿するサイトです。
▶︎ Bak@Fla

思わず笑い転げてしまうようなおバカな作品もあるのですが、スクリプトを使った美しい作品もあり、レベル問わずいろんな人がいろんな作品を投稿していました。とにかく「自由」だったのです。

そしてどんな作品にも、まつむらさんがひとことコメントを入れて突っ込んでいて、それが100倍以上にも面白くさせていたのです。「これがインターネットの可能性だ!」と思いました。

バカフラ、今もあるようですが稼働はしてないようです。フラッシュ自体が廃れてしまいましたからね。
▶︎ Adobe Flash

なんかいまいちピンと来なかった「インターネット」に、光を見出した。それが「フラッシュ」というソフトだったのです。そして、笠居トシヒロさんが主催してる「フラッシュメーリングリスト」にも参加してひたすらロムりました。

私は「いつかフラッシュを使えるようになって「バカフラ」に投稿しよう!」という夢を抱き、バカフラの投稿作品を楽しみにしながら、フラッシュMLを読んでいました。

そして、いよいよ意を決して「フラッシュ」を買いました。参考書はまつむらまきおさんの「おしえて!!FLASH 4」です。
(参照:おしえて!!FLASH 8 )

そのあたりで「バカフラのまつむらさん」「フラッシュMLの笠井さん」がメールマガジンに執筆してることを知り、「これは読むしかない!」と、読み始めたのがこの「日刊デジタルクリエイターズ」です。

その頃は、まつむらさんと笠井さんが二人でチャットしている「MKチャット対談」でした。二人のやりとりがとっても愉快なのです。そして私は「デジクリに執筆したい!」と、思い切って柴田編集長にメールを送って、今に至っております。

私は山根康弘氏とのチャットレビューを執筆しますが、それは「MKチャット対談」のような、面白い内容を目指していたからでした。

「MKチャット対談」で特に印象に残ってる回はこれです。

▶︎ 『MKチャット対談 首都圏防衛にレオパルド/笠居トシヒロ&まつむらまきお

対談の前半を「■」で埋めるという表現に衝撃を受けました。

私にとってデジクリとは、言ってみれば「まつむらまきお」さんなワケなんです。そのまつむらさんがデジクリから去ってしまわれます。

▶︎ 『 ユーレカの日々[73]さよならデジクリ/まつむらまきお 』

まつむらさんのテキストに対しては、本当に隅から隅まで淀みなく同意します。本当におっしゃる通りだと思います。

まつむらさんは降板してしまうばかりでなく「ユーレカ以降のものはバックナンバーも、削除していただこうと思う」と書いておられます。

私の気持ちはツラく、引き裂かれております。なぜなら、まつむらさんの『ユーレカの日々[73]さよならデジクリ』には、心底共感するにも関わらず、まつむらさんと同じ行動にならない自分がいるからです。今もこうしてデジクリで書いていますし。

それは隔週で文章を書くことが、今の自分にとって良い「場」だと捉えてるからです。そしてもうひとつは、柴田編集長から「武さんその左翼的な原稿はやめてくれませんかね」みたいな思想の牽制は一度もなかったからです。文章のクオリティに対するダメ出しはあっても。原稿が遅いと叱られますが。しかし「これぞ編集長の仕事」と私は思っております。

私は現状のまま続行しようと思います。


●参議院選挙について

参議院選挙、終わりましたね。私は「投票済証」を貰ったのでツイートしました。「選挙に行った証書みたいなのください」と言えば貰えます。
なんてツイートしたのですが、

《21日に行われた参院選埼玉選挙区の投票率は46.49%(男47.18%、女45.80%)で、2016年の前回(51.94%)を5.45ポイント下回った。1992年7月の37.94%、95年7月の38.92%に次いで、過去3番目に低い投票率となった。》
ですって。とほほ。
http://www.saitama-np.co.jp/news/2019/07/22/11_.html

上尾市を調べてみると投票率46.95%。ほんの少しでも高くて良かった(苦笑)
http://www.pref.saitama.lg.jp/e1701/documents/ah_tohyo_k.pdf

もっとも埼玉県は過去30年の投票率は全国ワースト2位みたいなんですわ。


全体では戦後2番目に低い投票率になってるみたいです。《今回の参議院選挙の投票率が48.80%で確定となりました。投票率が5割を切ったのは戦後2回目で、1995年の44.52%に次ぐ低さとなっています。》
https://johosokuhou.com/2019/07/22/16428/

投票率低いですね。投票をしてない人たちは悪い人・ダメな人呼ばわりされています。確かにまあ権利を行使しないのだから「ダメな人」ではあるでしょう。投票率が低い理由について、マス・メディアが悪いとか教育が悪いと言ってる人が多い感じがしますが、私はそういう啓蒙の問題ではなくて、何か根本的な、システムそのものの問題のような気がしています。

とりあえず、当選でだるまに目を入れてみんなでバンザーイ! って禁止にしませんか?

というのは半分本気の冗談ですが、でも、ひょっとしたらすでに現在では「投票における政治機能性」って、大部分が消えている可能性ってないだろうか? また或いは選挙という方法が効力を発揮する、ヒットポイントがずれてしまっているのではないだろうか? とか思うのです。

例えば、首都圏の投票率がやたら低いのは(上記参照:ワースト1位から千葉、埼玉、茨城、神奈川)、地元の行政よりも東京を中心とした経済の方が、圧倒的に暮らしを支えている実感があるからだったりしませんかね? 地元行政が何してるかって意識に上らない、というか。

ひょっとして「埼玉に住むことにした」ってこと自体が、「政治判断の全て」に成り得てるとかってないでしょうかね?

なにかそういった「政治」の次元からして違うというか、選挙という枠組みとは、シュールなレベルで違ってきてしまっている「政治の事実」ってないですかね。

でも、埼玉だって行政がなければ困りますよね? その行政の駆動の仕方って、選挙ではない民主制の在り方、例えば前に書いた「糞尿民主制」みたいな違うシステムに移行した方が良かったりしませんかね?

▶︎ 『 羽化の作法[86]現在編:政治観の今昔 』

それから、選挙が効力を発揮するヒットポイントに、もう「政党政治」が含まれてない感じすらしてます。

例えば、自民党の山田太郎氏は、圧倒的な得票で当選しています。彼がやってることは「表現規制反対」というプロジェクトなんですよね。でも政党、自民党から立候補してます。これはプロジェクト実行を最優先するためですよね。

この「プロジェクト駆動型」に、選挙という方法がちゃんとハマった感じします。クラウド・ファウンディング的な意味合いを持つ投票です。

山田太郎氏の勝利から、政治のひとつのフォーマットが見えるような気がします。与党政権はこれらの「プロジェクト」の受け皿になることが最大の機能で、党としての主義をまったく持たないプラットフォームになる、という。

そう考えると、与党を支持する意味も変わってきます。なので、若者の自民党支持傾向は、本当に単なる保守化なのだろうか? と思ったりもするのです。
30代以下支持、増す自民 60代以上と逆転 出口分析

投票率は低かったけど、選挙結果はとても絶妙なバランスだと私は感じました。まず、れいわ新選組が2議席獲得しました。これは本当にすごいことだと思います。

今までの政治家たちの視線には入らない人たちに目を向けた「革命指向」の政党ですよね。山本太郎氏のカリスマ性にかなり支えられてますが、「特定枠」の作戦も素晴らしいと思いました。

それにしてもここまでハンサムな政治家が今までいたでしょうか? 多分、チェ・ゲバラの次にTシャツのステンシル・プリントが似合う人だと思うのです。

ただ、彼を思いっきり嫌う人やメディアがありそうで、そういう軋轢で失速しそうな危なさもあり、ちゃんと仕事内容でジャッジされて欲しいなあと思ってます。その他野党では立憲民主党は倍増、社民党は議席をなんとか確保しましたよね。

それから与党は過半数を獲得しましたが、憲法改正の発議に必要な2/3には行きませんでした。

「野党もいろいろ取り揃えて、でもとりあえず自・公でいいかな、でも改憲はちょっとね……」という民意ですよねこれ。悪く言えば「すべてが中途半端な感じ」がするのですが、良く言えば「健康体が保てそうな腸内フローラの多様性が維持されてる感じ」でしょうかね。

私は割と希望が持てると思いましたよ。


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形成外科手術

ちょっと前に口元右側にイボが出来た。ほんの1mm程度ですが。

思い返してみたら、ヒゲを剃った時に血が出ることがあった。剃刀が古くなったせいだと思っていたけど、イボの出来始めを剃ってしまっていたのだろう。

イボがあるとヒゲを剃る時にとても不便だった。

剃刀がイボに当たると切っちゃうし、イボのまわりだけヒゲを剃り残しちゃうし。
「困ったなあ」と日々思っていたのでした。結構こういう些細なことってなにげにテンション下げるんですよ。

そんな時、「イボだったらレーザーで簡単に取ってもらえるよ、皮膚科の先生をおだてるといくつかのイボを取ってもらえたよ」と配達の人が教えてくれた。
イボってそんなに簡単なんだ。「先生をおだてると複数のイボを取ってもらえる」という独特な切り口の情報を得ることができたのだ。

なら、ついでに右目の横にもイボがあるし、右ほほに大きなシミもあるので取ってもらおう、と思った。


で、しばらくして中央病院に相談してみようと電話をしてみたのです。

最近、口の右側にイボが出来て困ってる。
右目の横にもイボがあり、ほほにはシミもあるので取ってもらうことはできないか?
と。

そうすると、受診する科が「皮膚科」、「美容外科」、「形成外科」があるとのことでどこを受診なさいますか?と。

そんなことは分からないので、
「どこが良いのでしょうか?こちらも分からないのです」と答え、自分の症状に合う科はどこなのかを決めるのに結構時間がかかった。
なんだかんだで形成外科を受診することになったのだけど、予約は別に予約センターに電話しろとのことだった。

結構、メンドクサイ・・・・

で、電話をしたら予約は一ヶ月後だった。混んでる。

で7月2日中央病院に行った。てっきりその場でちゃちゃっと取ってくれるのかと思っていたら、手術の予約を取ります、とのこと。

「手術?」

ちょっとびっくりしたけど、まあ一応「手術」って呼ぶってことなんだろう。そして5日に予約が取れた。
先生をおだてなくても三ヶ所取って貰えるようだった。



5日に中央病院に行った。



「たかがイボを取るのに「手術」ってなんだから大げさな言い方だよなあ」と思いながら。

そしたら手術室の階に連れて行かれた。

個室の更衣室に案内されて「これから手術を行うので更衣室でパンツ一枚になって浴衣を着てこのキャップを被ってください」と言われた。

えっ! 顔のイボ取るのにパンツ一枚になるの???!!!

びっくりした。

私は普段ノーパンなのだ。しかし今日に限ってなんとなくボクサーパンツでも履いて行った方が良いような気がして出かける直前に履き直したのだった。

パンツ履いてきてよかった!!!!

心底ホッとした。

浴衣に着替えて更衣室で座っていると呼ばれて手術室に入った。
白いSFみたいな空間に、青い服を着た医師たちが五人くらいいた。
メガネがないからよく見えないが、全員女性のようだった。
中央には手術台がある。

手術台に寝てください、と言われて手術台に仰向けに寝る。
パンツ履いてきて良かったとつくづく思った。

指や胸になんか計器みたいのをくっ付けられた。
そして浴衣をめくられて足のふくらはぎあたりにも何かペッタリしたものをくっ付けられた。ノーパンだったら完全にポロリのはだけ方だ。

「あー、ノーパンじゃなくて良かった!!」




最初の部分麻酔の注射だけチクっとしたけど、手術はあっという間に終わった。

顔の三ヶ所には絆創膏が貼られていた。
ずっと軟膏を塗って絆創膏を貼っていないとならないらしい。

次の日の今日、術後の確認と消毒と絆創膏の貼り替えを行った。

19日に取った組織の検査結果が出るので行く。
その時まで軟膏を塗って絆創膏を貼っておくみたいだ。。。

予想に反してイボを取るのは大掛かりなんだなあと思うのであった。

アート未来展

線譜『交響詩 彷徨える双子ボゾンとフェルミオン ー巡り逢う世界』
額サイズ 1015×1015×50 紙サイズ 600×600
アルシュ紙にペン 2019年

部分

24回 国際公募アート未来展

http://www.artmirai.jp/
2019年6月26日(水)〜7月8日(月)
国立新美術館「1階A室」・野外展示場
10:00~18:00 (入場は30分前まで・最終日12:00まで) 7/2(火)休

線譜を取り扱って頂いてる参宮橋ピカレスク @picaresquejpn のお誘いで参加した公募展で特選となりました。
どうも有り難うございます!

13月世大使館の応接間に展示するとこんな感じです
少し横から


久しぶりにブログで告知を書きました。これからはもっとブログ書こう。

【羽化の作法 87】現在編 好きになるのに理由はいらない

●受動と能動の転換

よく「好きになるのに理由はいらない」と言いますよね。

例えば、恋愛においてよく使われたります。なぜその人を好きになったのか? という質問をされても、なんだかよく分からないですよね。

好きになった人の好きなところをあげるとして、例えば、姿勢が良いとか、音楽に詳しいとか、動物好きであるとか、家が近いとか、優しいとか、いくつもあるでしょうが、そういう条件が揃ったことを確認してから好きになるわけではありません。

「好きになる」のは理屈が先にあるわけではないのです。理由が先にあるわけではないのです。「好きになってしまっている」のです。

ということは「好きになる」ことは受動的な感情になるわけです。ロマンチックな恋として物語られる「一目惚れ」ですが、それこそ受動的な感情の最たるものになるわけです。

一方で、お見合いのようなかたちで結婚し、暮らす過程で相手を好きになっていく場合もあります。少し前まではこのような形が主流だったと聞きます。この場合、結婚生活を成り立たせるために、自力で相手を好きになる必要があります。なので「好きになる」感情は能動的に作ることになるわけです。

恋愛結婚は個人の自由意志に基づくので能動的である。お見合い結婚は個人の自由意志には基づかないので受動的である。誰もがそう思ってますよね? だから現在では恋愛結婚が主流になってるわけです。

ところが、「好きになる」ことを基準にして見ると、恋愛結婚は「受動的に好きになった」を出発点にし、お見合い結婚は「能動的に好きになる」を土台とします。「好きになる」という内面の動きから見ると、受動性と能動性がひっくり返るのです。

もちろん恋愛結婚だって「好き」を育む能動性が必要ですし、お見合い結婚だって受動的な一目惚れ要素があるだろうから、スパッと二分はできませんが。

また、「好きになるのに理由はいらない」といった場合、生殖にまつわる本能的直感であるだろうとも言われていますよね。

女性は男性の声から免疫機能の状態を、匂いから自分と似すぎないDNAを無意識で判別し、それが理由のない「好き」になっているとか。

女性の腰のくびれと出産する赤ちゃんの状態に相関があり、それを男性は無意識に魅力として感じているとか。好きな人とキスをしたくなるのに理由はないのですが、ディープ・キスは相手の保有する細菌の情報を交換するためらしいとか。

そうするともう一目惚れにロマンもヘチマもないですよね。生殖や免疫システムの本能に従ってるだけなのが「好きになるのに理由はいらない」の正体となってしまうのですから。

ということは、恋愛結婚って実は生殖本能を補完しようとした形式なのか? って一瞬思いましたが、だとしたら少子化なんかになってないので、そんな単純ではないのでしょう。

しかし、「好きになるのに理由はいらない」の説得力の強さは、「好き」が「あらかじめ私にある」ことに、とても依拠してる気がします。

では、「好きなこと」の場合はどうなのでしょう?


●文化芸術における「好き」とは?

例えば、音楽の好みってありますよね。クラシック音楽が好き、J-POPが好き、シューゲイザーが好き、などなど。

この「文化芸術」の場合は、なかなか本能を根拠にして「好き」を説明するのは難しいのではないでしょうかね。

私の身体の共鳴振動の特徴が、デスメタルにぴったりフィットしたので理由なく好きになったとか、エンヤは純正律なので理由を問わず心地良いとか、ジョン・レノンの声を聴くと免疫機能が高まるとか。ないとは言い切れないでしょうけど、それが好きの根幹だとは思えませんよね。

ただ、ここらへん科学的に分かるといいですね。ちなみに、こんな情報があります。

「[重要]音楽が人体に与える健康的な影響に関する画期的な実験が行われる。それにより、『音楽はヒトの血液中の赤血球を再生させる』ことが判明。しかし、その率は音楽ジャンルにより大きな差異が」
https://indeep.jp/test-of-2500-year-old-music-hypothesis-of-pythagoras/

自分の体験から言うと、例えばクラシック音楽については、幼い頃あまり好きではなかった記憶があります。百科事典みたいなクラシックレコード全集があって、母がよくクラシックをかけていたのですが、「違うのがいい!」とせがんだことを、微かな記憶ですが覚えています。クラシック音楽は「怖かった」のです。

それでも、母は毎週のようにクラシック音楽をかけていたので、知らない間になんとなく曲を覚えてしまい、好きになっていくのです。クラシックだけでなく、ロシア民謡、シャンソン、アメリカのフォークなんかもかけていました。これらは子供からすると「聴いてて悲しくなる」ような音楽でした。

それでも母がしょっちゅうレコードをかけていたので、そこから好みを自分で判断できるようになるのです。小学低学年あたりだったと思いますが、「リリー・マルレーン」のシングルレコードがかかっていた時に、なんかぐっと来る感じがしたのを覚えています。

小学校中学年くらいの頃になると、家にあるレコードからお気に入りを引っ張り出して、自分で聴くようになります。ビートルズのベスト盤とか、「みんなの歌」のLPとか。

ところが、中学生くらいになると家にあるレコードよりも、テレビ番組「ベストヒットUSA」と、友達が聴かせてくれる「知らない音楽」に興奮し始めます。

そうして外の世界に飛び出すのですが、それでも曲を好きになっていくプロセスは同じです。最初はよく分からなかったり、嫌いに感じた曲も聴いてるうちに好きになってゆくのです。

中学一年生の時、友達の家に行って初めてドアーズを聴いた時の、「つまらなさ」は衝撃的でした。兄がいるその友達は、嬉しそうに自慢げにドアーズのレコードをかけてくれたのです。

「こういうのが大人なんだぜ」と、レコードに針を落とし、ボリュームを上げて二人でソファに座ったのです。

しかし、私はつまらなくて眠くなってしまうのでした。内心「こんなつまらない音楽は一生好きにならないだろう!」と誓いを立てられるほどでした。

ところがですよ、それから何年も経つと、私はジム・モリソンのシャウトに痺れているのです。

思春期から私はどんどん音楽に夢中になります。洋楽がメインですけど。眠たい目をこすりながら「ベストヒットUSA」を観て、カセットテープを貸し借りし、高校になると先輩から教えてもらったり、バンドを組んだらメンバーから教えてもらったり、そうやって曲を聴き漁るうちに再びドアーズに出会い、「なんだこれ中学の時に聴いたではないか!」と喜んだりしたのでした。

文化芸術としての「好きになる」とは、家庭環境を起点としますが、そこから先は自力です。自力ですが、まあほとんどが「縁」です。運とタイミングです。

そうやって粘菌が広がって行くように関心を増殖させて行くと、ターミナルとなるような曲(作品)・アーティストと出会うのです。そこからまた様々に発展して行きます。なので、「生殖本能のように元からある動かし難いもの」よりも任意性に富んでいると言えるのです。

このようにして「好き」は成長し、ネットワーク構造を形成します。粘菌のように、鉄道網のように、そして宇宙の銀河のように。


●「好き」は作れる

私たちは「好きなことをやる」ことが、何よりも尊ばれている時代に生きていると言えるでしょう。強制されて生きなければならない国や時代に生きてたら、「私は画家です」なんて呑気なことは言ってられなかったでしょう。この時代に生まれた私は本当に幸運です。

しかしです。だからこそ「好きなことが見つからない、分からない」という苦しみも生まれます。

それは「好きになるのに理由はいらない」が「好き」の基準になり過ぎてしまっているからではないでしょうか。

「好きになるのに理屈は要らない、それは直感なんだ。そしてその直感は誰でも持っているのだ。好きになるとは本能的なものなのだ」と。

しかし、「好きになること」が元から備わってるものだとしたら、好きなことがない場合は、何かが欠けてることになってしまい、逆に「好き」のハードルを上げてしまいます。

例えば、魚が大好きな「さなかクン」っていますよね。幼い頃、心奪われることに出会い、ピタッとハマって、好奇心に導かれるままにその専門分野のプロとなる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%95%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%82%AF%E3%83%B3

確かにそれは理想ですが、この天才的な「好き」を基準にすると、ちょっとキツいですよね。

「好きなこと」って、あっち行ったりこっち行ったりして、そしてしょっちゅう消えてなくなったりもして、なんだかフラフラしているのだと思うのです。

なので「好きになる気持ちはデフォルトでインストールされていません」。そう考えた方がいいと思うのです。

だから「好き」は作るのです。作れるのです。

「好き」とは何か? 大きくふたつあります。
「本能」と「直感」ではありません。

1・接触回数
2・思考回数

これだけです。これが好きを作るためのふたつの要素(仮説)です。名付けて「好きは作れる武メソッド」(笑)。

「接触回数」とは身体的な回数です。「体験」や「行動」といってもよいでしょう。例えば、絵を描く回数です。ちなみに、描く時の集中度も回数に置き換えられます。集中度が高いほど、描く行為にアクセスしてるので。

私は「ペンを持って線を描いてみたら『ビビッ!』と衝撃が走って一気に好きになり、私は絵を描く運命だったんだ!」と閃いた、のではありません。

地味にシコシコ描き続けることによって接触回数を上げ、描くことが好きな自分を任意的に作ったのです。理想は毎日何でも良いから描くことです。

そして二番目の「思考回数」。例えば、好きな人がいると、会ってない時もしょっちゅうその人のことを考えてますよね? これは猛烈に思考回数を上げている状態です。

会ってない時に相手を想うことによって、「好きな気持ち」がますます増幅するのです。「恋患う」とは、思考回数がレッドゾーンに突入してる状態でしょうね。

それから、好きな人は漠然と思い浮かべるよりも、例えば「今週末に六本木ヒルズの最上階のバーに誘おう」とか、具体的にイメージする方がよりワクワクしますよね。なので、思考は具体的なほど良いと思います。

私は、脳内で具体的内容をイメージすることにまだ慣れていません。描かないと思考できないのです。なので「現場での行き当たりばったり脳」だけでなく「思考空間でシミュレーション可能な脳」も稼働させたい。

理想は、無意識で、寝てる時も絵を具体的にイメージしてることです。そうするともっと描くことが好きになるでしょう。

もし、好きなことが分からなくなったら、とりあえず接触回数と思考回数が多いものを思い出せばいいのです。そしてその回数を徐々に上げて行くと、それが「好きなこと」に成っていくのです。

最後にこの曲をお届けします。
好きにならずにいられない/エルヴィス・プレスリー

(つづく)

【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/買ったベッドが部屋に入らなかった】

◎24回 国際公募アート未来展
http://www.artmirai.jp/
会期:2019年6月26日(水)~7月8日(月)10:00~18:00
入場は30分前まで・最終日12:00まで 7月2日(火)休館
会場:国立新美術館「1階A室」・野外展示場

線譜を取扱って頂いている参宮橋ピカレスクのお誘いで参加しました。
https://twitter.com/picaresquejpn

新作を出展し特選に選ばれました! どうも有り難うございます!


ガブリエルガブリエラ再起動!!
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インタビュー前半
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インタビュー後半
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装丁画を担当しています! 『星野智幸コレクション・全四巻』(人文書院)
星野智幸コレクションI スクエア
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星野智幸コレクションII サークル
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星野智幸コレクションIV フロウ
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難しい自治会の仕事

7分会の前会長さんが任期中にやり残していた仕事がありました。
「ゴミのネットを買い換える」という。
引き継ぎの時に前会長さんは「ゴミネットのことは私がやります」と言っていました。

私は初の分会長で、その言葉通り受け取って分会長の仕事をそれなりになんとかこなしていました。


前会長さんがゴミネットのことで7分会の会計さんに連絡が取れないで困ってる、と言われたら会計さんに伝言し、
8分会と共用してるゴミネットについて、8分会長さんとうまく話が付けられない、と言ってたので、役員会の時に8分会長さんに折半のことを伝えて承諾も貰えました。

これでネットが買える! と私は喜んでいました。

前会長さんに、8分会長さんから折半の承諾も得たので購入できることを伝えました。

そしたら前会長さんから、購入はこちらのタイミングでしますのであとは8分会長さんとお願いします、という返事がきました。

そこで私は折半のお金のことが気になり、8分会から折半分のお金をもらうのは僕がやるのかを質問しました。

そこで前会長さんが突然怒り出してしまいました。

そもそも考えてください。
現分会長は誰ですか?
私ですか?引き継ぎはとっくに終わってます。
なのに、私が動いている地点で、「なんで❓ 」ってなりません(思いません)か?
人に頼ってばかりいたら いつまでたっても出来ませんよ。

え? と最初は意味が分かりませんでした。
とにかくこちらは謝りました。


そこからはなだれ込むように関係が悪化しました。


先日、近所の住民から「早くゴミネットをかえてほしい」と催促されたので
前会長さんにその旨を伝え、ネット購入は私がやりましょうかと伝えました。

そして、上記の「そもそも」のお話に対して、前会長さんが自分でやると言っていたので私はそれを手伝っている認識だったことを伝えました。

そしたら前会長さんにまた怒られてしまい、
人のことナメすぎです!
とまで言われてしまいました。

こちらが謝罪しても、もうどうにもなりませんでした。

キレられた挙句に前会長の残した仕事も丸ごと引き受けることになってしまいました。
それならそれで私に「ゴミネット購入はお願いします」と頼んでくれてたらよかったのに。。。。

仕方がないので前分会長さんに見積りの情報だけでも教えて欲しいと頼んだところ、それも渡して貰えません。
まるで情報がないところから私がやり直さなければならなくなりました。

私が全面的に悪いことになってしまいました。。。

なんという不条理。とほほ。

ゴミネット購入が振り出しに戻ってしまいました。

まいいっか。ゴミ収集所のリサーチから始めます。