神話について――空間と時間から解放された物語

線譜『13月のロンド』武盾一郎

子どもの頃は
アリを見つめてたらアリのサイズになっていたし
雲を見つめたら空の大きさになれた

真夏の午後は永遠に続いていたし
鬼ごっこをしてたらあっという間に暗くなった

こっちの方が正しい気がする

いつの間にか
「空間」と「時間」の檻に閉じ込められているようにも感じる


I. スケールの檻――「基準系」という習慣

子どもの視線は、対象に近寄ると同時に自分の尺度そのものを変えてしまいます。
アリを凝視する時、視界は拡大鏡ではなく、自分の基準がアリ側へ移住する。

雲を見上げる時、身体が小さくなって雲に行くのではなく、空の側が主語になって雲を包む。
そこでは、人間の身長や歩幅は世界の単位ではなく、私の主体も身体に固定されていません。

この感覚は、「スケール・エラー[1]」とも呼ばれています。
(幼児が同じ“種類”のミニチュアに対して、サイズ情報を行為計画に統合できずに本気の試行をしてしまう現象。背景には、模型そのものと模型が指すものを同時に表象する二重表象[2]の難しさも指摘されてきた)

スケールの基準が人間に据え付けられるほど、山と虫の対話は比喩に押し込められ、非現実的なものとして扱われます。

この表現世界を指して「ファンタジー」と呼んでしまいがちですが、
「ファンタジー」とは人間の基準を解放した状態で、山と虫がリアルにお話ししている世界のことを指すのだと私は考えています。

檻を外すとは、基準系を揺らすこと。
虫を原寸の語り手に据え、山の時間と同期して読み直す。
距離や大きさの比較ではなく、関係(アフォーダンス)の濃淡で観る[7]
すると、同じ出来事が異なるスケールで、同期したまま反復する――自己相似の物語も見えてくることでしょう。
そしてこれは比喩でも非現実でもなく、ごく普通の「日常」なのです。

II. 時間の檻――時計時間と出来事時間

「真夏の午後は永遠」「鬼ごっこは一瞬」――ここで語られているのは、単なる時間の長短ではありません。
(注意と情動の配分によって、今この瞬間が時計の目盛を上書きしてしまう経験[4], [5], [6]

神話が“始まりと終わり”を曖昧にした「永遠の現在」を感じさせるように、
詩のとある一句は一瞬で響き、そして同じ一句が永遠に鳴り響くように。

時間は一列に流れているのではなく、濃くなったり薄くなったり、螺旋を描いたり、断片化したり、弛緩したりしています。

私たちは成長とともに便利な共同規格(メートル法や時刻表)を手に入れますが、
その代わりに、何かとても重要なもの
――世界と自分が同化して生じる深い感覚、
「今この瞬間の永遠」から遠ざかりがちになってはいないでしょうか。

III. 神話の作法――境界

普段私たちは時間や空間を人間を基準とした「計れるもの」として捉えています。
その時、私は「今ここ」の「瞬間=永遠」から離脱し、過去と未来と比較の思考空間に入っています。

詩は常に人間スケールを基準とした距離や大きさや時間軸から解放し、
今この瞬間、永遠で無限の世界から言葉を生じさせます。

物語は通常、時間と空間を基準とした世界を前提としますが、神話は通常の物語と違う点があります。


神話は主語を移譲する
人が語るのではなく、山が語り、虫が語り、霧が語り、月が語ります。
語り手の交替によって、世界の基準も同時に移動しているのです。


世界に入るための“境界”が示される
門、野原、霧――それらは地図上の“場所”ではなく、基準が切り替わるスイッチ
境界をくぐる行為は、人間スケールの空間と時間の基準をいったん棚上げにし、
サイズのない、瞬間=永遠の世界へと基準を変える儀式なのです。
(van Gennep と Victor Turner が述べたリミナリティ(通過儀礼における閾の時間)[8]

まとめ:檻を外すという約束

手のひらに乗っている虫と天空の星空。
1秒と千年の瞬き。

空間と時間の檻は、頑張って壊す必要はありません。
些細な意識の変化(儀式)で、結び目はほどけてゆきます。
子どもの頃の感覚を、「懐かしさ」として過去に片付けてしまうのは勿体無い。

アリになって世界を読む。
雲の大きさで呼吸する。
秒と世紀が同じ声で話す。
そのとき、神話は過去の遺物ではなく、
今ここにある現実になる。


私はこの物語に挑戦し、それをアートと呼んでいます。



参考・参照(脚注)

  1. DeLoache, J. S., Uttal, D. H., & Rosengren, K. S. (2004). Scale errors offer evidence for a perception–action dissociation early in life. Science, 304(5673), 1027–1029. PubMedResearchGate
  2. DeLoache, J. S. (2000). Dual representation and young children's use of scale models. Child Development, 71(2), 329–338. PDFWiley
  3. Goodale, M. A., & Milner, A. D. (1992). Separate visual pathways for perception and action. Trends in Neurosciences, 15(1), 20–25. PDFPubMed
  4. Droit-Volet, S., & Meck, W. H. (2007). How emotions colour our perception of time. Trends in Cognitive Sciences, 11(12), 504–513. PubMedScienceDirect
  5. Block, R. A., & Zakay, D. (1997). Prospective and retrospective duration judgments: A meta-analytic review. Psychonomic Bulletin & Review, 4, 184–197. PDFSpringer
  6. Wittmann, M. (2015). Modulations of the experience of self and time. Frontiers in Psychology, 6:1535. PDF/ResearchGate
  7. Gibson, J. J. (1979). The Ecological Approach to Visual Perception.(アフォーダンスの章)chapter PDF / 書籍版 Classic Edition PDF
  8. Turner, V. (1969). The Ritual Process: Structure and Anti-Structure.(リミナリティ)抜粋PDF書籍PDF(版の異なる複写)

(参考動画)ミニカーに乗ろうとする子ども。そこには衝撃の理由が…!【スケールエラー】#383



最後までお読みいただき有り難うございました!


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