【羽化の作法 40】七転八倒時々無気力

釈放された翌日9月10日、美術予備校・彩光舎に通ってた時の講師だった通称「寺さん」が自宅まで来てくれた。
寺さん曰く。「オマエの意とは違う方向にいってしまう可能性がある」と。その日の夜はタケヲと三人で午前2時ごろまで話した。



翌日、ラブホテルに絵を描く仕事を頂いた「有限会社○○○○○」の事務所にまで行き、社長と話をした。
社長は「権力に逆らっても勝ち目はないんだよ、武君…」と諭してくれたのだった。


逮捕・拘留の整頓もつかないままバタバタとするのだが、9月12日の制作ノートにはこんなことが記されている。


私は思ふ。

私の絵は外側からの刺激で描く。

つまり、私は複雑な組合せを持った鏡。

私の絵は鏡。マクロからミクロまでを写し出す鏡。

私の内部から出て来たものではない。

鏡の角度、カーブの度合い、鏡の性能、大きさ、組み合わさり方が、偶然、他人から見たらユニークなのだろう。

しかし鏡の奥には何があるのだろう。


逮捕されてまで絵を描いた事実だけ見ると、ものすごく確固たる思想信条がありそうだけど、本当は、僕は「自分などないかも知れない」と思っているのである。

「思想に基づいて行動する」ことに対して、自分は疑問を抱いている。そういったものはすべて、無意識にある欲望を思想を借りて言い訳しているに過ぎない、と。

では、何に基づいて動きたかったのか?

嗅覚とか感情とか、或いはただの反応であるとか、そういった「剥き出し」でありたいと思っていた。
理由や整合性の了解の前の「衝動」で動きたかった。

だがしかし、「剥き出し」になって立ち顕れるものは、本当の私の「正体」だろうか? 「衝動」に任せた行動は私の核(コア)なのだろうか?


本当の自分があるとする。あって欲しい。いや、あるはずだ。

しかし、その本当の私の核(コア)には、沢山の被せ物が幾重にもしてある。価値観だとか、プライドだとか、常識だとか、固定概念だとか。

そういったものがコアの上に積み重なって、私は世界と折り合って生きている。

だから、その積もった落ち葉のような邪魔なものを剥がして、コアに向かって掘り進めて行かなければならない。
そうすれば、いつか、「本当の自分」の核(コア)に辿り着く。

そんなイメージをずっと抱えていた。


が、同時に「本当の自分なんて存在していない」という、直感めいたものも抱えていた。

自分は乱反射している鏡に過ぎない。そして鏡の奥は「空洞」なのだ。本当の自分は「いない」のだ。

この感覚は幼少の頃からあった。

友達と遊んでいる時、友達は普通に自分の感想を述べる。「暑い」とか、「それは面白い」とか。ごくごく当たり前のことなのだが、その姿を見て「ああ、この人は自分が存在してると確信してるのかあ」と、このような言葉として思考できてた訳ではないが、とても不思議に思っていた。

「とてもじゃないけど、自分にはそんな風に自分が存在していること当たり前のように感じることができない」と常々感じていたのである。当時は子供なので「存在」と言う言葉は使ってなかったが。

このアンビバレンツなビジョンが常に自分にあり、それが自分を苦しめていたし、またそれが絵を描くモチベーションでもあった。

当時の「自分にとっての芸術」は理由の見つからない「叫び」だったが、それは「私はここにいる」という当たり前のことだったのだろう。

その当たり前が自らの意識によって奪われていたり、または周りの状況によって疎外されて奪われていたりすることがあって、そこから「私」を取り戻そうとした運動としての絵画だったのかも知れない。

とはいっても、当時の自分はそうは捉えてなかった。いっぱいいっぱいな感じで忙しくしていた。

釈放後もすぐにイベントでライブペインティングがあったり、カメラマンの写真展用に段ボールハウスを制作したり、その展示で絵を描いたら苦情が来たり、前向きに張り切ってるかと思えば、時々無気力になったりと七転八倒していた。


●9月25日(水)の制作ノートより

無気力症の特徴

1)無意味にうろうろする
2)決断をせまられてると頭の中が白くなる
3)「やらなきゃ」という思いとうらはらの行動「何も出来ない」
4)全身がだるくなる
5)耳鳴りがする
6)寝返りをうたない

そして10月。神戸の占い館を経営している社長さんから「何か絵を描いてくれないか」と連絡があって、神戸に出かけることになった。

(つづく)

【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/断酒が出来ない】
Facebookページ https://www.facebook.com/junichiro.take
Twitter https://twitter.com/Take_J
take.junichiro@gmail.co

ガブリエルガブリエラ
Twitter https://twitter.com/G_G_jp
ブログ http://gabrielgabriela-jp.blogspot.jp

目指せジャケ買い!『星野智幸コレクション・全四巻』(人文書院)

星野智幸コレクションI スクエア
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b226418.html

星野智幸コレクションII サークル
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b226413.html

星野智幸コレクションIII リンク
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b226414.html

星野智幸コレクションIV フロウ
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b278897.html

0 件のコメント: