売れない理由を考えてみる

「アーティストが売れる為の12の法則」なんてものがもしあったらアーティストは誰も困らなくなる。実際には「売れる法則」なんてないのだろう。

儲けた人の「儲け話の本」を読んで儲かるのは読者ではなくその本を出した人だ。

ということは、売れてない人による「売れてない理由」をまとめた方が売る為に役立つのではないだろうか?

ということで、苦節二十年売れてない僕が「なぜ売れてないのか」を検証してみます。
どんなアーティストにも当てはまる法則性が見えてくるのでしょうか。

ともかくパッと思いつくことを書いて行きます。


▶「お金は悪」という価値観が強すぎた。


アーティストとして売れる売れない以前に、お金に対するイメージをどのように抱いて生きてきたかは大きい。
お金に対するネガティブなイメージを捨てればいいのだが、そもそも何故そんなに「お金を悪」に思ってしまったのかを自分なりに分析しておく必要があるだろう。


両親の影響。
僕の母は小学校の教員だったせいか、「金儲け」に対して途方もなく遠い感覚を持っていた。商売なんてそんな大それたことなんて出来るはずがない、という感覚だ。

「お金は悪だ」と僕に言ったことはないが、お金の問題ではないことをとても大切にした。
例えば、物心ついた時に両親は離婚して母子家庭になるのだが、僕と妹の名字は父方のままにして(役所に届ける)表面上は母が独り者になったので、いろいろな手当がなかったらしい。それは「離婚は自分の意志。なので役所からの援助は受けない」という考えのようだ。自分の権利を主張してお金を手に入れることを善しとは考えなかったのだ。
実際には浮気な夫に傷付けられ、別れさせられ、自分と子どもたちは捨てられた、という認識を母は持っている。小さい頃寝る時に「お父さんは私たちを捨てたんだよ」と僕に話したことを良く覚えている。

元嫁から見たら酷い男だろうけど、子どもから見たら大好きな父である。父親に居て欲しい気持ちはとても強くあった。

離婚してからもたまに父は家に来ていた。離婚してから元夫が元嫁の母子家庭の家に来るなんてちょっと考えられないが、月に一度くらいは家に泊まっていた記憶がある。
だいたい父は泥酔しており、乱暴で、夜通しずっと母と口喧嘩をしていた。
父の友達を引き連れて家で宴会になることもあった。母は終止無言で父の酔っぱらったご機嫌な指図に従ってお酒や料理を客人に振る舞っていた。幼い頃の記憶があまりない僕にとっての数少ない覚えているシーンだ。
両親が険悪になったり喧嘩になると僕は決まってそれが自分のせいだと思っていた。
ひょっとしたら自分を許さない自我(前エントリー「不安と強迫観念」)はここらへんにポイントがあるのかも知れない。

今思うとかなりクレイジーな状況だが、僕はそれでも父が好きだった。

酔っぱらいの父は幼い僕に「資本主義は悪だ!」とか「天皇は悪だ!」みたいなことを言っていたと思う。「なにしてたんだい?」「元気かい?」とかではなく、ずっと僕に何かを主張していた。
なんの意味だか子どもの僕にはまるっきり分からなかったが、きっとそれが僕のイデオロギー形成に多大な影響を与えたと思う。なぜなら、幼い頃の僕は一生懸命に父に共鳴しようとしていたからだ。父が好きだったのだ。

過剰なまでに「お金を悪」だと思い込む価値観の形成には、親父の物言いに同調していた自分がいる。

父は60年安保闘争の中央執行部にいた共産主義者だったが共産党から除名され、転向して製作会社を立ち上げて自営業を営んでいた。父は、酔っぱらっては鬱憤ばらしに、全ての社会の存在を否定していたのだ。僕は酔っぱらった父の戯れ言が面白く感じていたのだろう。

国は悪。資本主義は悪。天皇制は悪。大人になるとそれらを体系的に意味付けできるようになっていたのだ。

母の筋道の通し方、父の言葉、両方とも「お金は素晴らしい存在だ」という考え方にはまるで向かわない。

僕のお金に対するイメージの原型はきっとここら辺だろう。
大人になって自分で稼ぐ年頃を迎えても「お金嫌い」からは抜け出せなかった。


(まとめ)
売れない重要なポイントに「お金を悪」だと思ってる価値観がある。
そしてお金に対するイメージは家庭環境や親にかなり強く影響される。

精神的な親離れをしてお金を好きになることだ。


▶「芸術は売り物ではない」という価値観が強すぎた。


僕は窮地に追い込まれていた。「お金は悪だ」という価値観を持ちながら仕事なんて出来るはずがない。
労働はお金を得る為にすることなので「労働も悪」になってしまうのだ。働くことが出来ないのだ。

お金を悪に定めることで成立する職業ってあるのだろうか?

「芸術」は「お金は悪」という価値観を持ち合わせているように見えた。
なぜなら「芸術は売り物ではない」からだ。この価値観は今なお根強く芸術を位置付けている。

僕は「芸術は売り物ではない」という価値観に基づく芸術家になろうとした。
「お金を悪」にしたままで済むからだ。


じゃあどうやって生きて行くのだ?具体策はなかった。
「売り物ではない本当の芸術」をやってのけるしかなかった。
過剰なまでに自分を追い込んで行くことになった。


▶「芸術家は幸福になってはいけない」という美学が強すぎた。


具体策はないが、考え方のつじつま合わせはできた。
「お金を悪」とし「芸術家」となるなら「幸福を放棄する」のだ。もう、このように生きるしかないと思った。

不幸と芸術はよく似合う。
お金を悪のままにしておいても、つじつまが合う。

このようにして、価値観と美学を強く持ちすぎることによって負のスパイラルに陥っていくのだが、それは思いがまだ弱いからだ、もっと追い詰めれば突破できるはずだ、とさらに深みにハマってしまうのだ。

「芸術はこうでなくてはならない」という想いが強すぎる程、売れない方向に突っ走ってしまうのは、自分でも気が付かないうちに、「良い作品を作ること」よりも「固定化された自分の考えを守ること」に力点が置かれてしまうからではないだろうか。


(まとめ)
考え方なんてコロコロ変えていい。
こだわるのは出来上がる作品に対してのみ。


▶判官びいきすぎた。


そう言えば、僕は小さい頃から判官びいきが強かった。弱い方に味方してしまうのだ。
どうしてそんな性質だったのかよく分からないが。

例えば、小学生の頃に高校野球が好きだったのだが、必ず負けてる方を応援した。負けてる方が逆転すると今度は逆転された方を応援するのだ。高校野球が大好きだったけど、いつも悔しい想いをする側に立ってしまうのだ。

勝って気持ち良くなる方向を天真爛漫な年頃から回避していたのだ。これもちょっと問題がありそうだ。

弱くて儚い方に目がいく感性は大切にとっておいて良いと思う。

けれど、判官びいきで負けが込むと、抑圧された気持ちを反転させようとして、美学を持ち出そうとしてしまう。それらはルサンチマンたっぷりのドロドロとした感情だ。
勝ち馬に乗って自分が勝った気になる人たちを軽蔑する。虎の威を借る狐を軽蔑する。
世渡り上手なお調子者を憎む。リア充を憎む。勝ち組を憎む。学歴エリートを憎む。中産階級を憎む。など、、、


判官びいきはいいけれど、僻んでしまうようならば、いっそ勝ち馬に乗りなさい。


▶自分のまわりの人は「自分が成功して欲しくないと思ってる」と思い込んでしまい、売れるための協力をまわりの人に素直に頼めない。


例えば、地方の人が東京に出てアーティストになろうとする行動には、文化の受け入れ体制が東京に行かないとないという問題もあるかも知れないけど、身近な人に協力を頼めなかったからってのも大きいだろう。
一緒にやってきた仲間が違う方向に行った場合も協力を頼みづらかったりする。

本当はそう言う人たちにそこ応援して貰えるようになれば売れるんだと思う。
ここは難しいところですが、ちょっとづつ応援してもらえる関係を築くことですね。


▶「自分なんてどうせ売れっこないよ」という弱気の虫が棲んでいる。


売れないということは若い時に第一宇宙速度に乗れなかったからだと僕は考えている。

20代30代のうちに第一宇宙速度に達したクリエイターは人工衛星になれてあとは食っていけるからいいけど、そうじゃない人はキツイですよ。 
『なんでコンテンツにカネを払うのさ?/岡田斗司夫、福井健策 』

第一宇宙速度に乗り損ねて墜落して痛い目にあった自分は自分のダメさ加減を知っている。立ち振る舞いがダメだったのか、運が悪かったのか、作品が良くなかったのか、総合的にだと思うのだが。
なので岡田斗司夫さんの本に書かれている通り「そうじゃない人はキツイ」だろう。なので「そんな自分が売れるわけないよなあ」と弱気を抱えてしまうのだ。

「売ろうとして売れてない」というよりかは「売れないだろうな」という気持ちが勝ってしまい、行動が萎縮してしまう。これは自分でストッパーをかけてしまってることになるので非常によろしくない。

ではこの弱気はどうやったら克服できるのか?

「自分を励まして弱気にならないようにする。」そして「売れた事実を重ねる。」 この2つしかないのだが、では具体的に何をしたら弱気にならないのか? 何をしたら売る事実を重ねて行けるのか?

僕の場合、弱気の克服以前にうつ状態から立ち直ることが重要だったので、「朝日と夕日を浴びる」、「運動する」、「タンパク質を摂る」ことから始めた。
十年近く続いたうつ状態からようやく回復したので、次のステップ「弱気虫に支配されない」に入ったのだが、何を心がけてるかというと、弱気になった時にその弱気を打ち消すようにしてる。
「どうせ俺なんて売れないよ、はあ。。」となったら、すぐに「そんなことはないよ。気圧の影響で弱気になってるんだな。」という感じで。
あとは「売れなくても落ち込まないこと」かな。


▶売れてない方が実は楽なのでそこに安住している。


「売れない」というのは辛くて苦しそうなイメージがあるし実際本人もそう思ってる。がしかし、もうちょっと考えてみると、売れてない立場だからこそ、テキトーなこと言ってられるってのがある。
売れてる人を「人間性が嫌い」 とまで言えるのはその人が無名だからこそだ。

そして、売れてないけどアーティスト気取りでプライドも保たれている。
 「売れないアーティスト」は楽なのだ。
売れない苦労を抱えながら、酔っぱって一流アーティストをDISって気持ち良くなれる。

もう、そういうくだらないことは辞めよう。
勇気を出すんだ。



そんな感じで「売れない理由」を考えてみました。
そして、売れてないアーティストのあなた! 思い当たる節がありましたら共に励まし合いましょう!

そして売れましょう。

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