【羽化の作法 04】新宿段ボールハウス絵画にヤマネが参加

彩光舎にて

僕は美術予備校である彩光舎美術研究所に二年ほど通うのだが、二年目の春の新学期に大阪からやってきたのが山根康弘(ヤマネ)である。

彩光舎にも新歓コンパのようなものがあって、たまたまヤマネが向かいの席だったので喋ったのが多分最初である。

油画科はちょっと野暮ったい人が多いのだが、ヤマネは元々デザイン科だったこともあってか、お洒落に見えた。初対面から仲良くなれたのだが、まさかその後、段ボールハウスに一緒に絵を描くなんて、この時は思ってもみなかったのである。

ここ彩光舎で、ヤマネとタケヲと僕は二浪生として一年をともに過ごしたのである。

段ボールハウスに絵を描く前、新宿コマ劇場前にてヤマネ(左)と武


一九九五年九月四日。

段ボールハウスに描き始めて三週間後、彩光舎が休みなのでちょくちょく新宿に来ていたT美がヤマネを連れてきた。久しぶりに見るヤマネは随分と痩せて見えた。なにか思い悩んでいるようにも感じた。

ちょこっと話して僕は段ボールハウス絵画の制作を続けた。ヤマネは何も言わずに僕らの制作を見つめていた。制作中しばしば僕らに話しかけてくる人がいるのだが、間に入って相手したりと制作しやすいように気を遣ってくれていた。

僕の方もヤマネひとりだけ取り残して制作してるのもちょっと気になるので、ヤマネに話しかけたりしていた。すると決まって「気にしないで、描いてていいですよ」とヤマネは答えるのだった。

絵はちょっとずつ完成に近づいていった。通路の向かい側でヤマネは相変わらずしゃがんで制作を見つめていた。僕はヤマネに近づいて何気なく言ってみた。

「ちょっと手伝ってもらえるかな?」

ヤマネは煙草を深く吸い込んで「……、描かせてもらえるのなら、喜んで」と静かに答えた。

それを聞いて僕は心の中で小躍りしたのだが、なんとなくシリアスな感じもあったのでクールを装った。ヤマネは煙草を消して、何かを決心したようなゆっくりした足取りで段ボールハウスに向かった。


1995年9月4日ヤマネ初参加

ヤマネが手伝ってくれたおかげで、絵はその日のうちに完成した。それで酒でも呑もうということになって、歌舞伎町にある24時間営業の居酒屋「養老の瀧」に入った。

その時はすでに夜の10時を回っていた。朝まで呑む、ということだ。メンバーはタケヲ、ヤマネ、T美、K子、そして僕の五人。

僕は酔っ払って「ストリートで描くということは殺される可能性もあるということだ」と何度も言っていた。「これ(新宿の地下で野宿してる人たちが暮らす段ボールハウスに絵を描くこと)はレクリエーションなんかじゃないんだ! 命がけの行為なんだ!」と、熱くなっていた。

随分と偉そうなことを口走っていたのだが、実際自分には「これしかなかった」のだ。そんな感じでワイワイと騒いで呑んでいたところ、ヤマネが改まった様子で僕に話し掛けてきた。

「武さん、俺も新宿で一緒に描かしてくれんか」

そのあと、どういう会話がなされたか覚えてないが、ともかくすべての辻褄が合うようなタイミングで、ヤマネは段ボールハウス絵画制作に加わることになったのである。

彩光舎の準特待生で絵もうまく、元デザイン科だったので段ボールハウス絵画で描こうとしている絵画観にピッタリだった。そして、男が増えたのでボディガードが来たという意味でも頼もしかった。

始発が走りだす時間に僕らは店を出た。酔っ払いながら階段を上がって地上に出ると、ぐにゃりと曲がったちょっと眩しい早朝の新宿の街を見上げた。

タケヲと二人で始めた新宿西口地下道段ボールハウス絵画は、一時五人まで増えたが、タケヲとヤマネと僕の三人で定着していった。

ヤマネが加わると段ボールハウスの表現が一気に広がった。僕がとっかかりを掴み、タケヲが描き進めて、ヤマネがディティールを攻める。という感じでリズムも出来てきた。

だんだん手の込んだ表現になり、一日一軒仕上げるペースから、何日もかけて描くようになっていった。

描く場所も新宿西口地下広場一帯だけでなく、京王モールを越えて行った所の京王新線の地下道にある段ボールハウス群にも描いて行くのだった。

ヤマネが加わって10日後、とある大きな段ボールハウスに絵を描くことになる。
それが新宿西口地下道段ボールハウス絵画の象徴的作品である『新宿の左目』になるのだった。


新宿の左目


(つづく)


【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/アーティスト20周年記念中】

ガブリエルガブリエラ第3回展覧会「─氷砂糖の湖の物語─」
日時:10/28~11/9
場所:代官山アートラッシュ・箱庭展にて

新作原画とジクレー版画、氷砂糖の湖の呪薬(ジュエリー)、新作発表記念と
いたしまして『13月世の物語・第一話“氷砂糖の湖に棲む人魚”』初版本+新
作ミニジクレー版画セット・限定13部を販売します。

今回の展示はスペースを広く使わせていただけることになり、新作・旧作(本
掲載作品含め)・ジクレー版画を合わせて絵画約20点、旧作呪薬(ジュエリー)
も併せまして華やかな展示となりそうです。

・13月世の物語 ガブリエルガブリエラ
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iPhoneケース展に出展します!
日時:10月24日(土)~25日(日)
場所:横浜赤レンガ倉庫1号館

・武盾一郎×立島夕子二人展 やります!
色彩と線 ─森からの生存者
日時:11月19日(木)~12月1日(火)
場所:画廊・珈琲 Zaroff(初台)

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