【羽化の作法 05】新宿の左目



ちょうどヤマネが段ボールハウス絵画制作に加わったあたり、西口地下道広場にあるひときわ大きな段ボールハウスが出現した。
高さは身長ほどあり、長さはなんと二人が縦に寝られるほど。中は木材で支えられているみたいで「二階建て」という噂もあった。最大級の段ボールハウスだ。

「ここに大きい絵を描いてみたいね!」

僕らはこの段ボールハウスから何が見えてくるのかを話していた。しかし、これだけ大きいと何を描いていいのかよく分からなかった。

具体的に誰から「いいよ」と言われたかは忘れてしまったが、「ここに描いてもいい」という許可を貰えた。後から分かったことなのだが、これは“住処(すみか)”ではなくて、野宿者支援団体の「新宿連絡会」が倉庫として使う段ボールハウスだったのだ。炊き出しの道具やらが入っている。

頑丈そうなので描いたらその後長い間この絵は残るだろうし、サイズも大きい。

「ここは一発なにかすごい絵を描こう」

三人で意気込むのだが何を描いたら良いかなかなか決まらないまま、他の段ボールハウス絵画制作を続けていた。ペンキの色数が少ないのも気になっていた。


ある時、ヤマネが言った。
「向こう側(B通路側)に『新宿の目』っていうオブジェがあるんすよ。新宿駅から見ると右側なんすけど、あれ、右目なんです」
そう言えば、新宿西口地下道のロータリー反対側にスバルビルの『新宿の目』(宮下芳子作)がある。



三人はその作品を観に行った。

確かに、右目だ!(笑)

『新宿の目』があることは知っていたが、それが左右どちらの目であるかなんて気にしたことがなかった。

「だから新宿の左目にするんはどうかな?」

片目じゃバランスも悪い。こちら側には左目を描こう。そうすれば新宿の地下に両目が揃って開眼する。これはいい!!
こうしてぼくたちは「新宿の左目」を描く作業に取りかかった。


●コラボレーションスタイルの完成形


その日の夜、巨大な段ボールハウスに三人で向かい合い、だいたいの構図のアタリをつけた。「目」だからそんなに複雑でもない。というか、単純明快だ。
ありったけのペンキを用意し、三人各々筆を持つ。

「せーのドン!」

三人それぞれがいっせいに絵を描きはじめた。長い長いジャムセッションが始まった。体力と精神力が続く限り描く。
ジャムセッションと言っても音楽のようにパートが決まってるわけではない。誰かが描くとその絵を誰かが潰して上から描く、かと思えばまた別の手が入る。ひたすら延々とその作業を繰り返した。まるでもみくちゃの喧嘩みたいなスタイル。そんなことをずっと繰り返した。
「何をやってるんだ?」と、見物人も現れた。
夜から朝にかけてバトルを繰り返した。一日では完成しない。

今まで使ってた塗装用のペンキだけでなく、絵を描く用の「ネオカラー」とアクリル絵の具も使うことにした。
形はすぐには出さず、くくらずに、絵の具を重ねて行く。手が加われば加わるほど絵の養分が高まっていく。だんだんと形が浮き上がって見えて来る。最後にエッジを際立たせるような手を入れていく。
蛍光塗料、蓄光塗料を更に買い足して細かいところを描き込んでいく。
こうして4日くらい描き続けて絵は完成した。


瞬間、「この作品は、この村と運命を共にすることになる」とはっきりと予感した。

「この絵が消えるときは村が消えるとき、村が消えるときにはこの絵も消える」

三年後の一九九八年二月、段ボール村は原因不明の火災に襲われた。死者も出てしまうほどだったが『新宿の左目』は燃えずに残った。
現場は立ち入り禁止区域となり、作品と村は同時に消滅することになる。

火災後の新宿の左目

ヤマネのエスキース帳にはこんな言葉が記されてあった。

それは一つの新たな“宗教”の提示であるのかもしれない。
私は宗教画家である。
その宗教には経典がない。
理論的説明はいらない。
ただ感情、あるいは魂に訴えるものであるのだ。
俺が俺として生きるための宗教、「新宿の左目」




参照URL
http://eyedia.com/gallery/paint/street.html
http://www.asahi-net.or.jp/~uh5a-kbys/shinjuku/fire/980208.htm
http://kenkyukai.cardboard-house-painting.jp/?eid=253019

(つづく)


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