【羽化の作法 17】強制撤去が近づいてくる・2

1996年1月24日強制撤去直前に描かれた段ボールハウス絵画
<B通路>(行政的には「新宿副都心4号街路地下道」)

ラブホテルの壁画制作が終わって、休む間もなく僕たちは新宿西口地下道の段ボールハウスに絵を描き続ける。

絵を描く場所は、新宿駅西口地下から都庁に向かってまっすぐ伸びる二本の通路の右側、通称〈B通路〉(行政的には「新宿副都心4号街路地下道」)に並んだ300メートルに及ぶ長過ぎる段ボールハウス長屋だ。

今は動く歩道となっているこの場所に、ほとんど隙間なく段ボールハウスが建ち並んでいた。僕たちはそこをすべて絵にするつもりで臨んだ。

強制撤去が来ることは確実で、問題は「いつ」だった。自分たちの絵がすべて強制的に排除されるだろうことを知りながらも、「絵で埋め尽くす」想いで休まずに筆を握った。

この時期になると「段ボールハウスに絵を描いてもいいですか?」と聞いて、断る家主さんはほとんどいなかった。

「もうどうせ、(強制撤去で)なくなっちゃうんだろう? 絵を描いても捨てられっちゃうじゃねえか」

そんな感じに言われることもあったが、「一軒でも多く絵を描きたいのです」と答えた。

1995年12月23日(土)はれ
新宿やー! 通行人がやけに絵を見て行く。木暮さんが写真展をやっていた。少し話す。この日、たった今ホームレスにならんとする人に出会った。
:制作ノートより

12月25日(月)
ファンさんが農協乳酸菌飲料をくれた。
:制作ノートより

ファンさんとはいつも僕らを気にかけてくれたおっちゃんのひとりで、在日のホームレスの人だった。当時はまだ50代くらい見えた。戦争で(親が)日本に連れてこられた、と語ってくれた記憶がある。普段は極めておとなしい感じの人なのだが、撤去直前、B通路の真ん中に立ち、演説のようなことをしていた姿を見かけた。通行人たちは足早にそこを通り過ぎていた。

クリスマスの日、三人は手分けして段ボールハウスに絵を描き始めた。あちこちに手をつけ始めたのだ。いそぐしかなかった。

12月30日(土)
若松町のいわしで飲んで、カラオケ行って、ゲイバーへ行って、帰りにラーメンまで(パンチパーマの〇〇さんに)ごちそうになって、その後ぶっ通しで絵を描いたので、何が何だか憶えていない。
:制作ノートより

この年の大晦日は、夜から翌年の元旦の朝日が昇るまで年越しで絵を描いた。わずか四か月前にはこんなことになるとは思ってもみなかった。

強制撤去の日(まわりの人たちは「Xデー」と呼んでいた)は、いろんな情報が入ってきて、1月13日にやられるんじゃないかというのが有力な情報だった。

急いで描いていくこと、残らず捨てられるとしても、つまらない絵は残さないこと、それだけで頭がいっぱいだった。


●ダンディなケンさん


年が明けて「ケンさん」の段ボールハウスに絵を描きはじめた。

長さ300メートルものB通路の、長屋段ボールハウスのちょうど真ん中あたりに、普通とはちょっと違ったとても大きな段ボールハウスが建っていた。

その巨大段ボールハウスの家主が「ケンさん」で、何が変わっていたかというと、そこはホームレスの人達の「サロン」になっていたのだ。

段ボールの壁の内側は大きなテーブルと椅子とソファ、そして壁には絵も飾られていた。段ボールの壁の外側は長さは5メートルくらいはあっただろう。

さらにゲストハウスまで建ててあった。撤去直前に僕は家に帰らず24時間体制で制作するのだが、このゲストハウスで何度か横にならせて貰ったのだ。

ケンさんとは物腰も柔らかい人で、見た目もインテリっぽいダンディな人。

ホームレスの人たちは、なんだかんだいっても現場労働をやってた人が多い。
屋外で過ごすことが多いからでしょう、日に焼けて陰影がはっきりして、顔が
いかつく見える人が多い。僕はその顔が「とても良い顔」だと感じていた。

ところが、「ケンさん」はするっとした顔立ちで、身なりも綺麗に整えていた。チノパンに白いシャツ、シャツの腕には当時流行っていたアームバンドをしてたりした。
http://store.shopping.yahoo.co.jp/peacekoubou/151006.html

『ダンボールハウスで見る夢』(中村智志、草思社、1998)にもよく登場する人だ。
http://www.amazon.co.jp/%E6%AE%B5%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%81%A7%E8%A6%8B%E3%82%8B%E5%A4%A2%E2%80%95%E6%96%B0%E5%AE%BF%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%AC%E3%82%B9%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E4%B8%AD%E6%9D%91-%E6%99%BA%E5%BF%97/dp/4794208073

新宿西口地下道段ボールハウス村には、高学歴な人もちらほらみかけた。いい大学に行けば食いっぱぐれはないのはある程度事実だろうが、いったい何がその人をホームレスにさせるのか? 知れば知るほど分からなくなるのだった。

「ケンさんのこの巨大な壁面に何を描こう?」

三人は話し合って「群像」を描こうということになった。『新宿の左目』でやった時と同様に境界なしの即興性で描こう、と。

「ケンさん」の家の巨大絵を拠点にして、三人が各々に散らばって段ボールハウスに描きつつ、ケンさんの巨大サロン段ボールハウス壁には三人で合作することにした。態勢は決まった。

「Xデー」が来る。

(つづく)


【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/早朝散歩始めました】

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