【羽化の作法 18】強制撤去が近づいてくる・3


1995年の大晦日は年越しで朝まで段ボールハウスに絵を描いた。その後、正月も新宿西口地下道に通って絵を描いていた。

新宿西口地下道に溢れ出していたたくさんの段ボールハウスを、東京都が一方的に強制撤去する時が来る。しかし、いつ来るかは定かではない。

家に帰って次の日来たら、段ボールハウス群は跡形もなくなっていた、ということだけは避けたかった。

最悪でも誰かひとりは強制撤去のその瞬間まで、段ボールハウスに絵を描いていたかったので、僕たちは制作をシフト制にする。

これまでは集合時間を決めて描いてきたが、24時間常に誰かは段ボールハウスに絵を描いているようにしていくのだった。

1月5日(金)
晴れてるような気がする。
今日、会社が倒産して職を失ったまま写真を撮っている人に言われた事。
「ホームレスの人達の人の良さ、遠慮がちさに付け込んで、自分らの好きな絵を描いてるのではないか」
僕はおっちゃんたちを弱者として見てない。だから付け込むという発想すらなかった。
警備員に「トイレで水を汲むな」と言われた。:制作ノートより
1月6日(土)
ケンさんの家を拠点に描ける家を描いて行く。おっちゃんから手紙届いた!!:制作ノートより
1月8日(月)
晴れていたと思ったら雨降って風もあったらしい。でも寒くなかった。
今日はやたらと立ち止まって見てゆく人が多く思えた。何だか時間の流れがはやかった。:制作ノートより
1月9日(火)
晴れてたと思うが非常に寒い。
ゲストで呼ばれる以外、テレビ局はいやや!!!:制作ノートより
1月10日(水)
ケンさんの所の絵がなかなか仕上がらない。徐々に進んではいるのだが、ウーン。撤去は何日何時なのか:制作ノートより
1月12日(金)
ケンさんとこにヤマネが手を入れていい具合。あと何日?:制作ノートより
1月13日(土)
撤去まであと何日? 何時間? あうあう、これからが本格的に死闘編ね。。:制作ノートより

一説には強制撤去は1月13日だという噂が流れていたが、この日が「Xデー」ではなかった。

ホッとしたと同時に、いつまでこの不眠不休が続くのかと途方に暮れる感じもあった。しかし「まだ絵が描ける!」という気持ちの方が大きく勝っていた。

毎月14日は、段ボールハウスを描き始めた8月14日の記念日なので、休みにすると決めていたが、1月14日は休まずに制作を続けた。


僕たちは「強制撤去に反対」とは言わなかった。段ボールハウスに直接的な「強制撤去反対」のメッセージを描くこともなかった。「自分たちの絵を描く」ことのみに集中した。

撤去されたらこれまで描いてきた段ボールハウス絵画の全てを失うことは理解できていたけれど、絵を記録または保存しようとはしなかった。

「保存」を前提とした「行為」なんて不純だと、心底思っていたのだった。

生産性を上げるとかいう観点からみれば、それは「虚しい」し「無駄」なことになる。そのときはただただ、全身全霊を込めて描くことだけに集中した。

もし段ボールハウスの住人に、新しいダンボールを持っていって「僕らの絵が描いてある段ボールと交換してください」って頼んだら、作品は僕の手元に残ったかもしれない。

あるいは一点一点自分らで写真記録すればよかったかも知れない。

だけど僕たちのやってきた段ボールハウス絵画は、そこに住んでいる人に頼んで描かせてもらい、そこに住んでいる人の暮らしと共に存在するものだから、描かれた段ボールだけが残ったところで、それは「抜け殻」で、それはもはや「藝術」ではない。

そこに住んでいる人が消失するなら絵もいっしょに消える、そこまでが作品なんだ。


ツイッターやインスタグラムが生活の一部になっている現在では、「今を記録しない」という感覚は理解されないかも知れない。

しかし、「今は今しかない」のだ。アーカイブを見てどれだけ生々しく思い出せたとしても、それはもうあの時の「今」ではない。「なう」とツイートしても(もっとも今はなうとツイートする人はいないが)「編集されてしまった今」なのだ。


後日談として。
強制撤去によって運び出された段ボールハウスは、一時、東京都の地下倉庫に保管されていた。

新宿の西口地下道のとある扉を開けると、天井の高い広大な地下倉庫があるのだ。強制撤去から暫くして、僕は一度その倉庫の中に案内されたことがある。

強制撤去で持って行かれた、大量の野宿者達の生活用品と段ボールハウス絵画たちが棚にずらりと並べて置いてあった。

段ボールハウス絵画の引き取りを申請すれば受け取れたのだが、僕はそれをしなかった。そうしておけば多少は金と名誉になっただろうに。

今の自分だったら、段ボールハウス絵画の時間と場所をきちんと記録しただろうし、段ボールハウス絵画を引き取り、展示して売っただろう。だけど後悔は全くしていない。

1月15日(月)
暖かい。成人式。
あと何日、もう何日、、、いえいえそんなものはもうどうでもいい。ひたすら描くだけです。
「ギオンショウジャ」の言葉を描く。今日は徹夜で描いた。
「ギオンショウジャ」しあげた!
新宿西口から都庁へ抜ける「動く歩道」はかつて長い長い段ボールハウスの長屋だった。
強制撤去直前、都庁側に最も近い一軒に描いた段ボールハウス絵画。
参照:羽化の作法16 強制撤去が近づいてくる・1
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20160524140300.html

「目」仕上げた
1995年1月22日(月)毎日新聞夕刊
「目」が描かれた段ボールハウス
新宿駅西口地下から都庁に続く右側の通路、通称<B通路
現在「動く歩道」になっている場所の最も駅から遠い側
:制作ノートより
1月17日(水)
血まみれで横たわっているおっちゃんを見た:制作ノートより

「Xデー」はまだ来ない。張り詰めた糸がいつまで持つのか。しかし、不思議なことに三人とも絵に対する集中度は上がってゆくのだった。(つづく)


【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/扇風機出しました】

小説家の星野智幸コレクション全四巻(人文書院)の装画を担当することになりました。只今、III巻『リンク』を制作中。制作過程をフェイスブック、ツイッターにアップしております。夏以降に出版となります。乞うご期待!
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