【羽化の作法 20】強制撤去のあとで

強制撤去の翌日、僕は『スイートホーム』の家主「ケンさん」を探しに新宿に出向いた。どうして新宿まで行かなければならないのか、自分でもよく分からないのだが、ともかくケンさんに会いたかったのだ。

しかし、ケンさんは見あたらなかった。翌、26日も新宿に出かけてケンさんを探した。しかし、ケンさんに会うことはなかった。

新宿西口地下広場、通称〈インフォメーション前〉はごった返していた。

〈インフォメーション前〉〈B通路〉〈京王新線の通路〉に分散していた段ボールハウス、〈B通路〉は強制撤去により封鎖され〈インフォメーション前〉に、〈王新線の通路〉はもともと夜には封鎖されるのだが、昼間そこに段ボールハウスを建てて過ごしている人たちは、みな〈インフォメーション前〉に移動してくるようだった。

段ボールハウスは〈インフォメーション前〉に密集して建ち並び、郵便ポストも設置されて、「段ボール村」と呼ばれるようになっていった。

強制撤去以前も段ボールハウスは並んでいたが、自然発生的でどことなくのどかだった。強制撤去後の「段ボール村」は、都市の中に産まれた「意志を持った都市」のようだった。

皮肉にも東京都による排除によって、無意識的自然発生的な段ボールハウスの集落に、明確で反発的な「意志」をもたらしたのだ。

強制撤去をかいくぐって生き残った段ボールハウス絵画『新宿の左目』は、まるでそれらを象徴するように黒く妖しい光を放っていて、どこか悪魔的な宗教のような感じすらした。

その佇まいを改めて眺めてみると、「これこそが芸術だ」とひとり納得したのだった。

しばらくは段ボールハウスに絵を描かなかった。強制撤去まで段ボールハウス絵画に集中し過ぎたからだろう。再び段ボールハウスに描く気が湧いてくるのを待った。

僕とタケヲは段ボールハウス絵画以外の制作に取りかかった。しかし、朝からお酒を呑んだり一日中ボーッと寝てたり、燃え尽きた抜け殻のような気分になることもあった。

●新宿連絡会の人たち

新宿西口地下道段ボールハウスに絵を描くまでは、「支援者」と呼ばれる社会運動をしてる人たちがいることを知らなかった。物凄く乱暴に言えば、「左翼」がこの国に居ることすら知らなかった。

地元の上尾では、子供の頃から、時折右翼の街宣車が大音響で走っていた。中学になると同級生たちはだいたいヤンキーになり、そこから暴走族に入ったり、横浜銀蠅を聴くのが地元の文化だった。

これらのヤンキー右翼文化がどうにも肌に合わなくて苦しかった。僕からすると「左翼の人々」はファンタジーの世界だったのだ。

強制撤去の直前には、「過激派」と呼ばれる人たちも新宿に来ていた。その中のひとりのお兄さんが、ちょくちょく僕らに話し掛けてくれた。成田空港反対派の人らしかった。

テレビのニュースで、成田空港に過激派の人たちがいるという雑な情報は知っていたが、実物がいるとは想像もしていなかったのでちょっとびっくりした。「過激派」という言葉のイメージとはかけ離れた、呑気そうな背の低い人懐っこい人だった。

強制撤去までは絵を描くのにいっぱいいっぱいで、そういった「活動家」の人たちと話す機会はほとんどなかったが、強制撤去前、段ボールハウス側にいて闘っていた人たちに対してシンパシーは感じていた。

新宿一帯のホームレス支援をしている団体は「新宿連絡会」、さぞかしいっぱい人がいるのかと思いきや、多分4人くらい。炊き出しをしたり、行政と面倒臭そうなやり取りをしていると知った。

段ボールハウスに絵を描いてると、ホームレスの人たちから食べものを頂くことは割とあった。頂いた食べものは出来る限りしまわずに、その場で相手の見える前で食べるようにしていた。

元々板前さんだった人も多いようで、頂く手料理のほとんどは最高に美味しかったが、炊き出しはあまり美味しく感じることはなかった。

乾パンもよくホームレスの人に配られていたが、これも不人気らく、しょっちゅうホームレスの人たちから乾パンを頂くのだった。

「新宿連絡会」に、色白で瞳が大きく真っ赤な唇で、ちょっと女性的な感じの24〜25歳くらいのか細い青年がいた。「活動家」のイメージからほど遠いその人は、聞けば東京大学の大学院生だという。

彼の名は稲葉剛、後に「もやい」を立ち上げる人だ。そして僕は稲葉さんから東大駒場寮のことを聞くことになる。

それから笠井さんという、見た目はいかにも「活動家」という人もいたけれど、話すとびっくりするほど弱々しい高い声の人だった。

社会の真ん中でうまく生きていける、穏健そうに見える人たちの方が実は強靭で暴力的で、優しくて繊細過ぎちゃった人たちの方が暴力的なイメージの活動家とかになっていくのかもなあと思ったのだった。

強制撤去まではギューっと一点に集中していく感じだったけど、強制撤去後は燃え尽きて灰になってる部分と弾けて拡散する部分とに引き裂かれていくのだった。
(つづく)


【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/時間の使い方がもっと上手になりたい】

小説家の星野智幸コレクション全四巻(人文書院)の装画を担当することになりました。いよいよ最後のIV巻『フロウ』を制作。制作過程はフェイスブック、ツイッターにアップしてます。I・II巻9月刊行予定、III・IV巻12月刊行予定。乞うご期待!
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