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【羽化の作法 72】神戸「しんげんち」での活動 2

●自己表現とはなにか

私は自己表現がしたくて絵を描き始めました。内面にある鬱積した情念のようなものを、吐き出したくて絵を描いたのです。その強い衝動に突き動かされて、絵筆を握っていたのです。

なのでテーブルの上のリンゴとか、人体とかヌードとか石膏とか花とかを上手に描く、ということに価値を置いていませんでした。「形態の再現」という絵の上手さには関心はなく、自分の内面を吐き出し画面に叩き付けたかったのです。それが芸術だと思っていたのです。

「自己表現」こそ自分のやりたいことで、「自己表現」こそ芸術だと思っていたのです。

私にとって「自己表現」とは「(内面の)状態を表現する」こと。「むき出し」と言ってもいいのかも知れません。表現された「カタチ」は、その結果に過ぎないのです。

なので「絵を描く」というよりも、「作品が状態に成る」という感じです。作品と私の距離感はゼロで、作品も私も「状態」の中に放り込まれて、溶け込んでいるイメージです。

「形を上手に描く」というのは、「状態」を露出することと真逆でした。上手とは、内面状態を包み隠し、コーティングし、嘘をつくことに他なりませんでした。

だから、「上手になってはいけない」と思ってました。上手な絵は嫌悪の対象だったのです。カタチではなくて状態、有形ではなくて無形を指向していたのでした。

ところが、被災地神戸の非公認テント村「しんげんち」の滞在で、自分と作品を引き剥がしたい欲求が芽生えてきたのです。

KOBENOTE 36
「公園の朝 なんか気持ちよかった」

これまでは「私の存在も作品である」という感覚が強かったのですが、徐々に私自身は作品の外側に置きたくなってきたのです。

つまり、「作品世界」の中に私が棲むのではなくて、「作品世界」を描きたくなってきたのです。

それはどんな世界なのか? ぼんやりとしたニュアンスだけど確実にある。私はそれを描きたい。「状態」ではなくて「世界観」を描きたいと思うようになってきたのです。「状態」と言う底なし沼から抜け出して、作品と私の距離を置きたいと思うのようになってきたのです。

これは「自己表現」から離れていく事でもあったのだと思います。


●自己を手放したところに芸術は在る

現在、私は芸術とは自己表現とは対極のものだ、と考えるようになりました。自己を手放したところに芸術は在るのだ、と信じるようになってきたのです。

それはきっと、神戸での体験が「私(自己・我)」を破壊してしまったからかも知れません。

神戸滞在中、私は「しんげんち」の被災者支援活動を行いながら、ライブペインティングの続きの絵を描いていました。

「一体自分はアーティストとして何ができるのか?」何も分からずに悶々としていました。

KOBENOTE 40
「僕は一体何者なのだ?
ここの暮らしを僕の人生にとってとても重く大切なものにしたい。
みんな本当にありがとう。
もっといい絵を描きたい。」

しばらくして私は、「しんげんち」のコンテナハウスに絵を描くことを、村長の田中さんに打診します。

そしてコンテナハウスペインティングの許可を貰い、イトヒサこと鷹野依登久が神戸に駆けつけてくれて、一緒に絵を描き始めることになりました。

ペンキ缶そのまま色を直接使うのではなくて様々な中間色を作り、感覚的に筆の線をぶつけて描いて行く、二人の即興によるペインティングです。

この「しんげんちペインティング」は「内面の放出」、と言うよりも「感覚」による二人のバトルでした。

イトヒサとは新宿西口地下道で出会って以降、東京大学駒場寮で、そしてデザインフェスタビルやラブホテルの壁画などでもコラボレーションしました。

コラボレーションは、同一画面に即興で描いて行くやり方でした。最初はキャラクター的な形態が登場してました。それらを重ねたり発展させたりしていたのですが、何度かやって行くうちに形を作らずに筆の動きだけを描いて行くようになりました。

それによってより感覚的に抽象的に画面を捉えるようになって行ったのでした。

東京大学駒場寮オブスキュアギャラリーでの
『世紀末とのコラボレーション』(1997年)
キャンバス、壁画ともイトヒサとのコラボレーション
この頃はなんとなくキャラクター的なものが登場している

『しんげんちペインティング』(1998年)
線と形が交錯して抽象的になっている

今から思い返してみれば、イトヒサとの即興コラボレーションを繰り返すことで、絵が抽象的になって行ったのでした。

その後「ペインティング」と言うよりも、線で描く「ドローイング」になり、「線譜」に至ります。絵に人物などが登場することはなくなり、抽象的で曖昧な線画を描き続けます。

「線譜」になってしばらくしてから、猫とか人とか風景とか、具体的なものが画面に登場するようになって今に至るのでした。


●新宿西口地下道段ボール村の火事

コンテナハウス「しんげんち」に絵を描くことが決まり、ようやく最高の自分を発揮できるステージが整ってペンティングを始めたその日、一本の電話が「しんげんち」にかかってきました。

電話の主はトカちゃんこと映画監督の土屋トカチ氏でした。「新宿西口地下道段ボール村が火事で丸焼けになってしまった」とのことでした。

KOBENOTE 78

火災の原因は不明だと言う。
「段ボール村を良く思わない人による放火か?」
一瞬なんのことか理解できずに呆然としましたが、電話を切った後、コンテナハウスしんげんちペインティングに、全身全霊を傾けようと思ったのでした。

『KOBE NOTE 1998.1.15-6.22』(2005年)より。
新宿ダンボール村が消滅する。
トカちゃんからtelがあった。
新宿の絵がなくなった。僕のスタート地点が消える。
今を支えている土台、僕の絵の故郷、西口地下道段ボール村がなくなろうとしている。

神戸に居ながら何も出来ない僕が居た。
泣きたい。誰か胸を貸して欲しい。
でも僕は泣けない。ふんばっている自分が居る。
僕は何に耐えてるんだ?
どうして強くあろうとしてしまうんだ。

壁画開始の記念する日でもあったのに。
1998年2月12日

(つづく)

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【羽化の作法 70】神戸「しんげんち」での活動 1

『しんげんち』
しんげんち展用にスピカアートギャラリー外壁に展示した絵
1.8×3.6m ホワイト防炎シートにペンキ 2005年

この絵は2005年スピカアートギャラリー(2011年閉店)で開催した「しんげんち展」でギャラリー外壁に展示した作品です。

この展示では、神戸での出来事をまとめた冊子『KOBE NOTE 1998.1.15-6.22』を展示しました。そこから引用して神戸でのことを綴って行こうと思います。

『KOBE NOTE 1998.1.15-6.22』
2005年

1997年。僕は東京大学駒場寮に潜伏し、そこで絵を描きながら、新宿西口地
下道に通って段ボールハウスに絵を描き続けていた。

そんな中、ジャーナリストのコリーヌ・ブレから電話があり、被災地に行っ
て制作をしてみないか、という話を持ちかけて来た。

コリーヌの会というのを結成して、神戸の事を話し合っていたらしい。そこ
で、武盾一郎、僕の名前が上がったのだった。その時のメンバーは、

コリーヌ・ブレ(ジャーナリスト)
豊田正義(ジャーナリスト)
西谷修(大学教授)
平井玄(音楽評論家)
辻仁成(作家)

そして、僕は神戸での制作を決意する。意味や意義は分からなかったが、と
にかくそこに暮らしながら制作をしてみることにした。

この KOBE NOTE 1998.1.15-6.22 はスケッチブックと日記である、神戸出発
の1998年1月15日から1998年6月21日「しんげんち祭り」翌日までの手記をま
とめたものである。

2004年11月 武盾一郎(KOBE NOTE より)


●1998年1月18日

阪神淡路大震災からちょうど三年。私は「しんげんち」での活動を始めました。

最初は市役所前でのライブペインティング。「しんげんち」の片隅に積んである単管とクランプを持ち出して、市役所まで運びます。現場に着くと私はステージ横に勝手に足場を組んで、コンパネを置けるようにしました。

ソウルフラワー・モノノケ・サミットの演奏が始まると、音楽に合わせてをコンパネにぶちまけて、ライブペインティングをしました。

単管とクランプは駒場寮でも劇などで使ったこともあって、好きな素材です。ラチェットを手に持つと、なんとなく得意げな気分になるのです。

この日のライブペインティングで描いた絵を、「しんげんち」で時間をかけて完成させて行くことにしました。

『KOBE NOTE 1998.1.15-6.22』(2005年)より

今日ライブペインティングをして右手の薬指にベニヤの一片がつきささった。
痛くてしかたなかったけど
神戸に来てたみんながよってたかって抜いてくれた。嬉しかった。
1998.1.17.モノノケとのLIVEペインティングを終えて

今日ライブペインティングをして、右手の薬指にベニヤの一片がつきささっ
た。痛くてしかたなかったけど、神戸に来てたみんながよってたかって抜い
てくれた。嬉しかった。

1998.1.17.モノノケとのLIVEペインティングを終えて(KOBE NOTE より)


緊急集会 神戸YMCA 2階にて

今、仮設が抱えている住宅問題はゆううつすぎる。そして土地・地区のすれ
違いがあることもとても悲しい。みんな一所懸命なのに、なかなかうまく行
ってないみたいだ。神戸新聞に真実はいっさい掲載されてなかった。

8時頃「しんげんち」に着く。腹ぺこだった。僕のげんこつの1.5倍はあるお
にぎりを3つペロリとたいらげ、スープは2杯のみこんだ。

僕は絵描きである前に人である。人である前に生きものである。
いや しかしそれは同時にかねそなえたものである。

僕はこの神戸での生活をどう過ごそうか、まったく始めから考え直すことを
感じる。(KOBE NOTE より)


『KOBE NOTE 1998.1.15-6.22』(2005年)より

ふと新宿の事が気になった。
僕は新宿に住んで絵を描くべきなのだろうか?
僕自身ホームレスと呼ばれなければ あそこに絵が描けないのだろうか?
あそこに住まうことはそもそも可能だろうか?

東大駒場寮に比べれば、自治の完成度は神戸の方が圧倒的に高い。ハタチそ
こそこの子供たちによる、屁理屈の政治ごっことは訳が違う。

駒場両委員会の人たちを仮設か公園に住まわせて「暮らし」と「理論」の大
きな隔たりを感じて欲しいと思った。(KOBE NOTE より)

●1998年1月21日

 
けれど神戸は楽しかった。ティンゲリーの作品のようなゆかいなオブジェが
 あったり、絵本館があったり、港を眺めるロマンチックな風景があったした。

 テント村から神戸駅前へ。僕はこの強烈なコントラストに少しくらくらした。

 「神戸」というイメージ通りの神戸だ。新宿のコントラストもすごいが、神
 戸の方がおしゃれである。

 震災などなかったようにモザイク通りを歩く恋人たち。僕だって恋人とここ
 を歩きたい。僕はわざわざ深刻ぶりたくなかった。楽しい所は楽しくてよい。

 僕はなぜここに来てるのだろう? これはずっと僕につきまとう謎だ。
 真実を求めてさすらう旅人なのか?

 僕も役に立ちたい。僕のつくったものが何かを変えられたら。誰かを励ませ
 られたら、誰かを笑わせられたなら、誰かにショックを与えられたなら、誰
 かを目覚めさせられたなら、僕は嬉しい。絵がもっと全てを支えられたなら。
 (KOBE NOTE より)

●1998年1月23日

『KOBE NOTE 1998.1.15-6.22』(2005年)より

「しんげんち」には子どもも住んでいました。名前はみえちゃん。村長の娘さんである。当時小学二年生くらいだったと思う。

村長の田中さんは靴工場の工場長さんでした。震災で家も工場も失ったけれど、行政は何もしてくれなかったので公園にコンテナを置いて、テント村を立ち上げて「しんげんち」という交流の場を作ったのでした。

みえちゃんとの遊び相手が、「しんげんち」での私の主な仕事でした。みえちゃんは時折とても悲しげな表情を見せます。震災後三年経ち、公園から学校に通っている彼女。心の中にはなにかいろいろ渦巻いている感じがしました。

それから、「しんげんち」では毎週日曜日に「お昼の炊き出し」を行っていました。近所の仮設住宅に暮らす人たちが何十人と食べにきます。仮設住宅にも行けずに、公園に暮らす田中さんたちが、支援活動の拠点「しんげんち」を作っているのです。

三浦君という、たまたま「しんげんち」に流れてきた青年がテント村に暮らすようになり、ボランティアをしていました。三浦君は炊き出しに来た人たち全員に声をかけ、ひとりひとりの状況を丹念に聞いていました。

「しんげんち」は行政やリッチな人たちの行う、目立つ支援から取りこぼさている人たちを支援していました。

「ひとりも取りこぼさない」と、村長の田中さんは言っていました。それは途方に暮れるような理想論のように聞こえてしまいそうですが、お偉い為政者のきれいな言葉と違って、ここでは本当にそういう支援をしようとしていたのでした。(つづく)


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